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<EP_001>

「おばさん、お塩と胡椒を50グルムずつ頂戴」

「わかったよ。塩と胡椒が50グルムだね。200シールになるよ。ちょっと待ってておくれ」

女将が秤を取り出す。

注文した少女は小柄で、ロングスカートのワンピースを着ていなければ少年と見間違える程だった。

少女は帽子を目深に被り、俯き気味に市場の通りで所在なげに立っていた。

市場は賑わっており、人通りも多かった。

店の前で立っている少女の背中に何かが当たった。

少女はバランスを崩し、地面に倒れてしまう。その拍子に少女の帽子が脱げてしまった。

少女の頭にはショートカットの黒髪に包まれた小さな角が二本生えており、特徴的な大きな目の中の瞳はルビーのように真っ赤だった。

少女の角を見た女将は、それまでのにこやかな表情を一変させ、眉を吊り上げる。

少女は急いで落ちた帽子を拾い上げ被り直すと、女将に向かって二枚の硬貨を差し出す。

「はい。200シール…」

「足りないね。塩と胡椒50グルムで500シールだよ!」

女将は少女に向かって、眉を吊り上げたまま吐き捨てるように言葉を投げつける。

「え?だって…さっき200シールって……」

女将の言葉に、少女は大きな目で見開いてしまう。

「フン、アンタは魔族だろ。200シールは人間相手の値段だよ。とっとと出しな!」

女将は怒りを隠そうともせず、少女に言い放つ。

「これしかないの……」

少女は今にも泣き出しそうな顔で手の中に二枚の硬貨と小さな硬貨数枚を差し出す。

女将はそれを奪うように取り上げると、袋に入れておいた塩と胡椒の半分以上を計りもせずに箱へ戻し、残りの袋を少女に投げ出すように差し出す。

「ほら、それを持って、とっとと行っておくれ。二度とウチに来るんじゃないよ!」

女将の言葉を受け、少女は涙目になりながらも、塩と胡椒の入った袋を持っていたズタ袋に大事そうに入れると、俯いて店を後にした。


少女が市場を歩いていると、肉屋から怒号が聞こえてきた。

突然の怒号に少女は驚いて足を止めてしまう。

「なんで、この鹿が4千シールぽっちなんだよ!8千はするだろが!」

「ふん、魔族が取ってきた鹿なんざ4千でも高いんだよ!買い取ってくれるだけマシだと思いな!」

そんな喧騒が店外にも聞こえてくる。

喧騒が収まると、店からは大柄な男が出てきた。

男の頭には、一目で魔族と分かる、大きなヤギのような角が生えており、尻にはトカゲのような尻尾が生えていた。

「けっ、足元見やがって。二度と来るかよ!」

魔族の男は不機嫌そうな顔をしながら、唾吐き捨てる。

魔族の男と少女の目が合った。

「お、ルージュじゃねぇか。お使いか?ったくよぉ、テメェの親父のせいで、こちとら商売上がったりだぜ。魔族を率いて人間に喧嘩を売るなんてバカなことしてくれやがってよぉ」

魔族の男はルージュを見て、憎々しげな目で言葉を叩きつけてくる。

ルージュはますます涙目になってしまう。

「けっ、辛気臭ぇ顔しやがってよ。テメェがいると、この街ではますます商売しにくいんだよ。とっとと街から出ていきやがれ!」

魔族の男はそう言うと、背中から大きな翼を開いて、宵の口の空へと飛び立っていった。

魔族の男が飛び立った後、ルージュは涙を堪えながら俯いて歩き出した。

街を出て、しばらく歩くと、ルージュは服を脱いでズタ袋に入れる。

下には身体の線も露わなピッタリとした服を着ており、背中には小さな蝙蝠のような羽が生えており、尻には細くて先には分銅のような尖った膨らみのついた尻尾が生えていた。

ルージュは腕で涙を拭くと、宵闇の空へと飛び立っていった。


森を越えた山の麓にある小さなテントの前にルージュは降り立つ。

テントはゲルのように円形で移動できるように簡易的ではあったが、しっかりと住居となるようなものであった。

テントから突き出した煙突からは煙が出ており、外にまで良い匂いが漂ってきていた。

「ただいま〜」

「おかえりなさいませ、お嬢様」

ルージュがテントの入口をくぐると魔族の青年が笑顔で出迎えてくれた。

「ベルゼス。ただいま。ごめん、これしか買えなかった」

ルージュはベルゼスへバッグから買ってきた塩と胡椒の入った袋を申し訳なさそうに差し出す。

その量の少なさにベルゼスは一瞬顔を曇らせたが、ルージュの表情から察し、すぐに笑顔に戻す。

「お嬢様、ありがとうございます。お使いなどさせてしまい申し訳ございません。お食事ができてますから、食べましょう」

そう言うとベルゼスは台所に戻っていった。

ルージュはバッグを床に置くとテーブルへと座る。

ベルゼスはテーブルへ鍋を持ってくると、椀に掬ってルージュの前に差し出す。

中身はキノコと山菜とウサギ肉のスープであった。

「すいません。いつも、こんなものしか用意出来ませんで」

「いいのよ。いつもありがとう、ベルゼス。いっただきま〜す」

申し訳なさそうに話すベルゼスに、ルージュは笑顔で応え、食べ始めるのであった。


「でもさぁ、酷いと思わない?私が魔族と知った途端に倍以上に値段を釣り上げてさ!」

空腹が満たされ、落ち着いてきたからだろう、ルージュは街での不満をベルゼスへぶち撒けた。

「まぁ、サートゥス様亡き後の魔族は嫌われていますからねぇ」

ベルゼスは食後のお茶を飲みつつ、ルージュの話に耳を傾けた。

「それにしたって、あの扱いは無いわよ。その後も、パパの悪口を言ってくるヤツもいるしさ」

帰りがけに魔族の男にぶつけられた言葉にもルージュは頬を膨らませた。

「だいたい、パパがいた時はペコペコしてた癖にいなくなった途端に、あの態度は無いわよ」

ルージュの顔を見ながら、ベルゼスは静かに話し出す。

「まぁ、元々、我々魔族は徒党を組まず、家族単位で放浪をしてきた種族ですからね。仕方ないですよ」

「それにしたって、アレは無いわよ!」

ルージュの怒りは収まらない。ベルゼスはルージュを宥めるように言葉を継いだ。

「力による支配で魔族を束ね、魔族が定住できる地を求めてサートゥス様は人間に戦争を起こしたのです。ただ、徒党を組まないということは独立心旺盛ということでもあります。サートゥス様の強大な力が失われれば、元に戻るのは仕方のないことでしょう」

ベルゼスは静かに目線を落とし、手元のカップを見つめた。

「パパは私たちの未来のために戦ったのよ!なのに、パパが死んだら手のひらを返すなんて酷いわ」

ルージュはベルゼスの言葉に、さらにヒートアップしてしまう。

ベルゼスはそんなルージュを見て静かに首を振った。

「仕方ないのですよ。サートゥス様は自身の強大な力で押さえつけていたのですから。それに、サートゥス様は戦争を続けるうちに、どんどん変わられていきました。ルージュ様の母上であらせられるミーシャス様が人間に討ち取られた後は、顕著に戦争に傾倒していったように思います」

「ママ……」

ベルゼスが鎮痛な顔で母ミーシャスのことを話すと、ルージュの顔も曇った。

サートゥスが遠征中に本拠地を強襲されたのだ。

引き返してきたサートゥスが見つけた時、ミーシャスは幼いルージュを守るように腕に抱きしめつつ息を引き取っていた後であった。

ミーシャス亡き後のサートゥスは人間に対する憎しみを募らせ、戦いを求めるように戦争を拡大させていった。

「ミーシャス様亡き後のサートゥス様は、まるで戦闘を求めるように、ジェミアテラ全体に戦火を拡大させていきました。それと同時に戦争に反対する魔族を粛清し、戦争に傾倒していったのです」

ベルゼスは当時を思い出し、眉を潜め唇を噛み締めた。

「人間たちは、やがて異世界<つくば>から勇者を召喚するようになりました。召喚された勇者たちは手強く、戦争は膠着状態になり、ついにはサートゥス様も召喚された勇者テツヤによって倒されてしまったのです」

そこまで言ってベルゼスは眉を潜めたまま、深く瞑目し、言葉を切った。

「そうよ、その勇者テツヤが全部悪いのよ!」

興奮に駆られたルージュは憤慨を隠さずにテーブルを強く叩いた。

ルージュの言葉にベルゼスは静かに首を振った。

「いえ、サートゥス様は性急過ぎたのです。当初の目的の魔族の定住の地を手に入れるのならば、もっと穏健に話を進めることもできたはずなのです。戦争を拡大させず、一定のところで交渉の場を持つべきだったのです」

「なによぉ!パパが全部悪いっていうの!」

ベルゼスの言葉に、ルージュはさらに怒りを募らせてしまう。

「そうは申しておりません。ただ、性急過ぎたと申しているのです。ルージュ様、今はお辛いでしょうが我慢すべきです。今を乗り切れば、以前のように魔族と人間が共生できる世界が来るはずです。今は耐えて下さい」

怒りで顔を真っ赤にしているルージュをベルゼスは静かに見つめ諭した。

普段ならばベルゼスの言葉にルージュも怒りの鉾を収めたかもしれなかったが、今日は無理だった。

「なによ、なによっ!ベルゼスもパパのことを悪く言うの!もう、ベルゼスなんて知らないっ!私が勇者テツヤをやっつけて、パパの意志を継いでやるんだから!」

そう言うと、ルージュはテントを飛び出し夜の空へと羽ばたいていった。

「お、お嬢様!」

ベルゼスは後を追おうと思ったが、今のルージュには何を言っても届かないであろうと思い、肩を落としながらテーブルのカップを片付け始めた。


(絶対に勇者テツヤをやっつけてやるんだから!それまでは戻らない!)

そう怒りにまかせてルージュは夜の空を飛んでいく。

夜の冷たい空気がルージュを包み込み、火照った頭を冷静にさせていく。

(でも、どうやって勇者テツヤを探そう?勇者テツヤは<つくば>に戻ったって聞く。でも、私じゃゲートは開けられない。ベルゼスに頼めば、開けてくれるかもしれないけど…)

啖呵を切って飛び出してきた以上、ベルゼスに頼むことは嫌だし、頼んだ所でベルゼスは絶対に開けてくれないだろう。

(うーん、どうやって<つくば>に行けばよいんだ?誰か<つくば>へのゲートを開けてくれそうな人はいないかしら?)

ルージュは手近な木の枝に腰掛けて悩んでしまった。

「お嬢さん、どうされましたかな?」

悩んでるルージュに、背後から声が掛けられた。

ルージュが驚いて見ると、いつの間にかルージュの背後には一人の男が浮かんでいた。

男はフード付きのマントを身にまとい、フードを目深に被り、空中を滑るようにルージュの隣へと移動する。

「誰よ、あんた」

「誰でも良いではありませんか。それより、あなたのような可愛らしいお嬢さんが、こんな夜更けに何をなさっているのです?」

胡乱げな目で見てくるルージュを気にもとめず、フードの男は聞いてきた。

ルージュは、この際男が何者でも構わないと思い、思いの丈をぶつけていく。

「……ふむ。お嬢さんは<つくば>に行きたいのですね?」

「そうよ。<つくば>に行って勇者テツヤをやっつけて、パパの仇を取ってやるんだから!」

ルージュが鼻息荒くそう言うと男はニヤッと笑った。

「素晴らしい。お嬢さんのサートゥス様を想う気持ちに私はいたく感激いたしました。私も以前はサートゥス軍に所属しておりまして、サートゥス様の仇を取りたいと思っておりました。サートゥス様の仇を愛娘であるルージュ様が取られるのでしたら、魔族は再び結集し、サートゥス様が目指した、魔族の定住の地をかならずや手にいれることができましょう」

「そ、そう?」

男の歯の浮くようなセリフに、ルージュは思わずはにかんでしまう。

「よろしい。私が<つくば>へのゲートを開けてしんぜましょう」

「え?あんた、そんなことできるの?」

いとも簡単にゲートを開けるという男の言葉にルージュは驚いてしまう。

「ええ。我が魔力を持ってすれば造作も無いことです」

そう言って、男がなにやら呪文を唱えると、ルージュの目の前に、マーブル色に輝くゲートが出現した。

「さぁ、ルージュ様。ゲートが開きました。ここを通って<つくば>に行き、勇者テツヤを倒しましょう」

男が芝居がかった調子で言い、恭しく頭を下げた。

「うん。わかったわ」

男にそう言うと、ルージュはゲートを通っていった。

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