22ヒーラー
「アレンさん、あれだけ太ってたのに数ヶ月でここまで痩せるなんて! どうやったんですか?」
「お前がいれば、ヒーラーの長々とした詠唱を待たなくていいんだよな〜。ライルがいなければ、金積んででも俺のパーティーに入れたのによ」
アレンの回復薬は、その利便性と飲みやすさから瞬く間に冒険者の間に浸透していった。
しかし、人々の注目は次第に薬そのものではなく、製作者であるアレン自身へと向けられるようになっていた。
ギルドからの依頼で回復薬を届けに来たアレンを、冒険者たちが目を輝かせて囲む。
かつての「罰点付きの肥満体」を見る目はどこにもない。アレンは質問や礼に、照れくさそうに言葉を返していく。
「本当に、回復薬様様です! 飲みやすい回復薬を作ってくださりありがとうございます!」
「まだ完全にデメリットを解消できているわけではありませんから。過信は禁物ですよ」
「謙遜しないでください! 以前の薬に比べれば天国ですよ!」
アレンの回復薬がここまで支持されているのは、彼が製法を包み隠さず公開し、地域の薬師たちと協力体制を築いているからでもある。
今や、ほとんどの者がアレンに感謝していた。
……もっとも、その光景を快く思わない者も、少なからずいた。
「なぁにが回復薬様様だよ。今まで世話してやってた俺らの立場は?」
ギルドの片隅で仕事を探していた一人の非公式ヒーラーの男が、鼻を鳴らして受付嬢に毒づいた。
受付嬢は、数枚の依頼書を彼に手渡しながら、困ったように苦笑する。
「同情はするけど、こうしてヒーラーを求めている人だってまだいるんだから。それに、薬には摂取の限界があるわ。そう考えると、やっぱりヒーラーの方が上よ」
「だが、最近じゃ『詠唱が長い』だの『効率が悪い』だのうるさいんだよ。俺らだって必死にやってるっつの」
「詠唱は、勉強と経験を積めば短縮できるんでしょう? それを怠っているのをアレンさんのせいにするのは、少し違う気がするわよ」
受付嬢の痛い指摘に、男は、言葉に詰まった。
「く、くそ……言い返せねぇ」
男は憎らしげにアレンを睨みつけ、受け取った依頼書に目を落とした。
「……ん? これって、あの男の依頼?」
「そう、アレンさんからの依頼よ。あの人なりに、ヒーラーの立場も考えてるのよ」
依頼内容は、『回復薬とヒールの違いを徹底解説』の講座手伝い募集中というもの。
アレンは自分の薬が普及することでヒーラーの職が蔑ろにされることを懸念し、定期的に技術交流のための講座を開いているのだ。
「聖人通り越して、気持ち悪いな」
「そこは素直に感謝しなさいよ。ギャラも良いんだから」
その言葉に男は肩をすくめ、ため息を吐いた。
◇
ギルドに併設された講習室。
アレンの隣には、ギルドで仕事を探していた非公式ヒーラーの男だった。
「本日はお集まりいただきありがとうございます。今回講師を務めます、ポーラーのアレンです。そして、今回お手伝いいただける非公式ヒーラーのニルスさんです」
「……ニルスです。よろしくお願いします」
片手で足りるほどの生徒たち。年齢層は様々で、これから活躍するような若者からベテランの風格のある古老までいる。
アレンは生徒一人一人と目を合わせた後、丁寧に挨拶をした。
紹介されたニルスは、頭を下げ微笑んで見せた。
「早速本題に入りましょう。回復薬とヒールは、似て非なるものです。回復薬とは、自己修復を助けるための補助が主な作用です。ゆえに体が弱り、自己修復が困難な方には効果は薄いです。しかし、ヒールは補助ではありません」
アレンはそこで一呼吸置き、口をひらく。
「ヒールは、ヒーラーの方々自身の回復能力を直接付与しています。そのため――」
回復薬は軽傷に強く、ヒールは重傷に強い。
丁寧で長い詠唱は、それだけ相手へ付与する回復能力が高い証拠。
アレンは、自身で勉強していたこと、ヒーラーに直接聞いた話をしていき、その場にいた全員に納得感のある説明をしていく。
ニルスは、本職である自分よりも勉強しているのではないかと、感心した。
これほどまでにヒーラーのことを理解してくれていることに、嬉しくなった。
しかし、その反面、恐れを覚えた。
ここまで理解力のあるのだから、今後回復薬でヒーラーまで食ってしまうのではないか、と。
ニルスが不安を募らせていると、突如ガタン! と大きな音が講習室に響いた。
「お、本当にここで講座を開いてたんだな、アレン」
乱暴な音を立てて開け放たれた扉。その扉の向こうには、カイルが立っていた。
彼は、アレンを睨むように見つめ、無遠慮に室内へと入った。
「知ってたのなら、講座が終わってからにしてくれないか?」
「お前に用があるわけじゃないから、心配すんな」
アレンへそう言い放った後、辺りを見渡し最後にニルスへ目を向けた。
「なあ、あんたヒーラーだろ? ヒーラーの邪魔をするために作られた回復薬を広めてる男の言葉に耳を傾けるなよ。それより、俺と一緒に来い。シャラタン先生がお前の力をご所望だ」
非公式ヒーラーであるニルスは、シャラタンをよく知っている。自分をヒーラーという職業に就かせてくれた恩人でもある。
そんなシャラタンに名指しされたことにより、ニルスは救いを見出したような表情でカイルを見つめた。
「落ちこぼれの俺にか……?」
「そうだ。他の誰でもないニルスに、だ」
その甘い言葉に抗えず、ニルスは講座を放棄して講習室を出て行ってしまった。




