10女戦士
女に両肩を強く掴まれて、アレンは動揺した。
何か悪いことをしただろうかとアレンが聞く前に、女は目を輝かせて口を開いた。
「一瞬で痛みも疲れも消えちまったぞ!? お前、無詠唱のヒーラーなのか!?」
「わ、ちょ、もっと声の大きさ抑えてください!」
こっそり済ませようと思っていたアレンは、慌てて女にそう伝えた。
女は不思議そうな表情を浮かべながらも、「すまん」と一言言ってから口を閉じた。
じっとアレンを見つめ、控えめな声で問いかける。
「……それで、あんたはヒーラーなのか?」
「いえ、俺はポーラーです」
「ポーラァ? ほとんどのやつが太るって噂の職業だろ? お前、もしかしてデブのほうがいいのか?」
嘲笑うような口角の上がった女の表情に、一瞬カイルの面影を感じたアレンは、思わず相手を睨んだ。
「そんなポーラーに助けられているやつが良く言うな」
「……っ! す、すまん。今のはあたしが悪かった。いつも言い方が悪いって叱られるんだよなぁ」
アレンの殺気に、慌てて女は謝罪をして頭をかいた。
目を瞑り眉間に皺を寄せつつ、女は言葉を口にする。
「ええっと、太るってわかっててなぜポーラーを選んだのか。太ってでも他人に尽くすほどなのか? ……んー、こんな感じか?」
「……なるほど。俺は幼い頃、ヒーラーになりたいと思っていた時期がありました」
「なんでならなかったんだ?」
興味津々な女に、アレンは困った表情を浮かべつつ説明をする。
「ヒーラーはお金がかかるでしょう? そんなお金はなかったし、俺の受けたいタイミングでは家柄も必要でした。どれも俺にはないもので、それでも誰かの役に立ちたいと思ってポーラーを目指したんです」
「はあ〜、まるで聖人サマみたいな男だなぁ。騙されやすそうなタイプだ」
図星を突かれたアレンは、ただただ貼り付けた笑顔を浮かべた。
女はその表情に首を傾げながら、まじまじとアレンの顔を見つめた。
「お前、もしかしてカイルたちと組んでたポーラーのアレンか?」
「そうですけど……もしかして新しく入った人ですか?」
「そうそう! あたしはヴァレリア。あんたの戦士枠を引き継いだんだ。で、あんたのポーラー枠がヒーラーさ」
カイルは以前ミリアを連れていったヒーラーらしき女を思い出す。
(雇ったヒーラーがあの少女だったのか。かなり若かったように見えたが、大丈夫なんだろうか……)
少々心配になったアレンだったが、離れたパーティーなのだからと考えをしまい込む。
ヴァレリアはそんなアレンの内情を知ってか知らずか、クラリスのことを話し出す。
「手をかざすだけで回復できるんなら、詠唱がクソなげぇあのヒーラーも必要ないのになぁ」
ポーラーの職をあまり知らないのか、ヴァレリアは「ポーラーの方がいいじゃん」と呟いた。
不満そうに口をへの字にしていたヴァレリアは、立ち上がり、アレンを見た。
「なあ、あたしの専属ヒーラーになっちゃくれないか? 出世払いで!」
「お断りします。そもそも、カイルが嫌がると思います」
「……ま、そうかもな。あーあ、勿体無い」
そう言いながら去っていきそうなヴァレリアを引き留め、アレンは申し訳なさそうな表情で言う。
「すみません、俺が手をかざすだけで回復できることは、黙っていてくれませんか」
「は? いいけど……そんなすげぇもん、なんで隠す必要があるんだ?」
「まだ実験中なので」
「実験、ねぇ。よくわからんが、わかった。あたしとあんただけの秘密だ」
「はい。二人だけの秘密でお願いします」
ニヤリと笑ったヴァレリアは、アレンと別れたあと、小走りに人気の少ない路地裏に身を隠した。
「やっっば、二人だけの秘密……二人だけの秘密」
何度も同じ言葉を繰り返し、乙女な表情をするヴァレリア。
誰にも言えていないヴァレリアの秘密――それは乙女思考。
師匠には恥ずべき思考だと切り捨てられてしまったため、こうして密やかな楽しみとなっていた。
「あー、だめだ。このにやけ顔を落ち着かせてから修行に戻ろう。今日が休みでよかった」
カイルたちと初の仕事で怒り、暴れてしまったこともあり、一度頭を冷やそうと今日は休みになっていたのだ。
「しっかしあのポーラー、悪い奴には思えなかったが……本性を隠してるだけなのか?」
やっと落ち着いてきたヴァレリアは、治療してもらって軽い体で飛び跳ねながら眉を顰めた。
クラリスには骨にヒビが入っていたと言われ、自身でも痛みで動かしたくなかった足を触った。
「あの嬢ちゃんは「わたくしは未熟だから、骨の治療はできないんです〜」とか言ってたが、本当かよ。ポーラーのあいつでもできるのに?」
クラリスに不信感を募らせるヴァレリア。正直なところ、ヴァレリアはヒーラーとポーラーの違いを知らない。知っているのは、どちらも他人に治療を分け与えられる能力を持っているということくらいだ。
「他のやつに聞きたいけど、"秘密"だからな。ヒーラーとポーラーの違いだけでも聞いてみるか?」
そこでまず思い浮かべたのはクラリスだった。しかし、自身の職をよく見せようとするかもしれない。
ヴァレリアはその次にミリアを思い浮かべ、次会うときに聞こうと修行に戻ったのだった。




