神話になった物語
最終決戦は、もはや戦いと呼べる代物ではなかった。
ただ、一方的な蹂躙。世界の崩壊。
「ぐっ……ぁ……!」
ボルガの巨体は、ゼノンの放つ闇の衝撃波に何度も吹き飛ばされ、その全身から血を流している。
エララの放つ必殺の氷槍も、ゼノンの身に纏う混沌の魔力の前には、届く前に霧散していく。
リリアナも、俺を庇いながら、その剣は既に限界を迎えようとしていた。
世界が、終わる。
俺たちの物語が、最悪のバッドエンドを迎えようとしている。
俺は、悟った。
これが、自らが紡いできた物語の、最後の章なのだと。
インターフェイスに映るのは、もはや神々の悲鳴すらない、静かなノイズだけ。視聴者の声援も、神々の支援も、もうどこにもない。
信じられるのは、目の前で、満身創痍になりながらも、まだ俺を信じて立ち続けてくれている、仲間たちの魂だけ。
(――ああ、そうか)
俺は、血の味がする口の端で、静かに笑った。
(――これが、俺の、最後の配信か)
ならば、最高の物語を創り上げて、終わらせてやろう。
この世界の全てを観客とした、俺の、俺たちの、最後の物語を。
俺は、これまで培ってきた司令塔としての能力の全てを、最後の指示に注ぎ込む。
それは、もはや戦術ではない。
ボルガの不屈の魂を、エララの孤高の魂を、そして、リリアナの聖なる魂を、極限まで輝かせるための、魂の指揮だった。
*
「――ボルガ!」
俺の魂の指揮が、最初の奇跡を起こす。
絶望に膝をつきかけていたボルガの瞳に、再び、不屈の闘志が宿った。
「てめえの盾は、まだ砕けちゃいねえだろ! 俺たちの物語の、最強の『盾』でいろ!」
「……ハッ、言われずとも!」
ボルガは、血反吐を吐きながらも、雄叫びと共に立ち上がる。
ゼノンの放った、全てを消し去る破滅的な一撃。それを、ボルガがただ一人、その身を賭して受け止めた。
轟音と共に、彼の愛用していた巨大な盾は、粉々に砕け散る。だが、その覚悟が、ほんの一瞬の、しかし、絶対的な好機を生み出した。
「行け、ユウキ! お前の物語を、見せてみろ!」
「――エララ!」
俺の指揮は、次に、孤高の攻略者を捉える。
彼女は、ボルガの「非合理的」な自己犠牲が生み出した、彼女の計算にはなかった「可能性」を、ただ呆然と見つめていた。
「計算だけが、全てじゃねえだろ! てめえの魂は、何のためにある!」
「……計算に、新たな変数を追加する」
エララは、そう冷たく呟くと、その瞳に、初めて、計算ではない、純粋な闘志を宿した。
彼女の全てを注ぎ込んだ必殺の一撃が、ボルガが創り出した一瞬の隙を突き、ゼノンの闇の鎧の、ただ一点の綻びを、正確に貫いた。
「――リリアナ!」
そして、俺は、最後の切り札へと、魂の全てを託す。
彼女は、ただ、静かに待っていた。俺の、最後の言葉を。
その瞳に、もはや迷いはない。彼女は、俺が紡ぐ物語の、最高の結末を演じる、最強の『切り札』としての覚悟を決めていた。
*
全ての仲間が創り出してくれた、この、たった一度の好機。
俺は、満身創痍のリリアナに、最後の指示を叫んだ。
「行け、リリアナ! 俺たちの物語の、最高の結末を、その剣で描け!」
俺の雄叫びが、この物語のクライマックスを告げる。
その声に応えるように、リリアナは、地を蹴った。
ボルガが命を賭して創り出した、一瞬の好機。
エララがその計算の全てを懸けてこじ開けた、唯一の活路。
そして、俺との、絶対的な信頼。
仲間たちが紡いできた、全ての物語を力に変えたリリアナの聖なる一撃が、ついに歪んだ帝王を、浄化の光の中に包み込んでいく。
それは、ただの物理的な攻撃ではなかった。
仲間との絆で紡いできた「物語」そのものが、ゼノンの身を蝕む「歪み」を、優しく、そして力強く、解き放っていく、奇跡の光景だった。
「――ああ」
光に包まれながら、ゼノンは、ほんの一瞬だけ、かつての英雄の顔を取り戻した。
その瞳に宿っていた狂気は消え、ただ、静かな、穏やかな光だけが灯っている。
彼は、俺に向かって、静かに呟いた。
「……見事だ」
それが、帝王の、最期の言葉だった。彼の体は、光の粒子となって、静かに、空へと消滅していく。
*
ゼノンの体が、光の粒子となって、夜明けの空へと消滅していく。
歪んでしまった英雄の物語が、静かに、そして悲しく、幕を下ろした。
やがて、禍々しい紫色の空に、亀裂が走った。
だが、それは崩壊の亀裂ではない。夜明けの光が、その亀裂から差し込み、世界の傷を癒すかのように、闇を優しく浄化していく。
世界の悲鳴は止み、大地の揺れは収まり、戦いは、終わった。
「……終わった、のか」
ボルガが、砕け散った盾を投げ捨て、その場にへたり込む。
エララは、ただ黙って、空に消えていったゼノンの軌跡を、冷たい瞳で見つめていた。その瞳に、ほんの一瞬だけ、計算ではない、別の色が浮かんだように見えたのは、俺の気のせいだろうか。
リリアナが、満身創痍の俺の体を、そっと支えてくれる。その温もりが、俺たちがこの世界に生きていることを、教えてくれていた。
その、静寂を破ったのは、俺の脳内に直接響く、あの神託だった。
インターフェイスに、再び、調律神クロノスの、黄金の紋章が浮かび上がる。
『――見事だ。汝らの紡いだ物語、我が『神話』として認定しよう』
それは、審判。
世界の理からの、絶対的な評価。
そして、神託は続く。
『Sランクへの挑戦者として、汝を正式に招待する』
俺は、もはや「歪み」ではない。世界の秩序を更新する「新たな可能性」として、ついに、認められたのだ。
俺は、ボロボロになった仲間たちと、顔を見合わせる。
満身創痍のボルガ。冷たい瞳の中に、ほんの僅かな変化を見せるエララ。そして、涙を浮かべながらも、力強く俺を支えてくれるリリアナ。
ああ、そうだ。
こいつらが、俺の物語だ。
最初に、俺の口から、か細く、乾いた笑いが漏れた。
それにつられるように、リリアナが、泣き笑いの表情で、声を上げて笑い始める。
その声が、ボルガの、腹の底からの、地を揺るがすような豪快な笑い声を誘発した。
俺たちの、どうしようもなくおかしい、歓喜の笑い声が、夜明けの空に響き渡った。
俺たちの物語は、ついに神話になった。
だが、それは終わりではない。
本当の神話は、ここから始まるのだ。




