最後のコラボ配信
世界の終わりは、鉄と硫黄の匂いがした。
俺たちは、歪んだ帝王ゼノンの待つ、崩壊寸前の辺境の街へとたどり着いた。だが、そこは、もはや戦場ですらなかった。
ただ、一方的な蹂躙。世界の終焉。
「――がはっ!」
ボルガの巨体が、紙切れのように吹き飛ばされる。
ゼノンの放つ、世界の理を歪める闇の衝撃波。その一撃一撃が、大地を割り、建物を塵へと変え、空に開いた亀裂をさらに大きく広げていく。
「リリアナ! 下がれ!」
俺の絶叫も、虚しい。
リリアナの剣は、ゼノンの身に纏う混沌の魔力に触れることすらできず、ただ、その余波で吹き飛ばされるのが関の山だった。
手も、足も、出ない。あまりにも、絶対的すぎた。
「はは……ははははは!」
ゼノンの、苦痛と狂喜に歪んだ笑い声が、崩壊していく世界に響き渡る。
これが、世界の理と契約した、歪んだ帝王の力。
俺たちは、ただ、その絶対的な絶望の前に、為すすべもなく蹂躙されていく。
(――ここまで、か)
俺の脳裏に、初めて、敗北の二文字が浮かんだ、その時だった。
キィィィィン!
空気を凍てつかせる、一筋の白銀の光。
それは、ゼノンが俺たちに放った、とどめの一撃を、寸でのところで弾き返した、必殺の氷槍だった。
「――!?」
ゼノンが、初めて、その狂気に満たた表情に、純粋な驚愕を浮かべる。
俺たちもまた、信じられないものを見るような目で、その光が飛んできた方向を見つめた。
そこに立っていたのは、月光を思わせる、銀髪のライバル。
エララだった。
「……計算外の事態だ。盤面(世界)そのものが、消滅しかけている」
彼女は、ボロボロの俺たちを一瞥だにすることなく、ただ、ゼノンという「イレギュラー」を分析するように、冷たい瞳で見つめている。
「このままでは、私がこのゲームを『完全攻略』するという、私の計算が成り立たない」
彼女は、俺たちに向き直ると、淡々と、そして無慈悲に告げた。
「一時的に、手を組む。世界の崩壊という最悪の結末は、私の計算に反する。それだけだ」
それは、信頼ではない。
仲間としての誓いでもない。
ただ、利害の一致によって結ばれた、究極の共同戦線だった。
*
エララの、あまりにも無慈悲な提案。
だが、それは、今の俺たちにとって唯一の、そして最後の希望の光だった。
俺は、ボロボロの体を引きずり、彼女の前に立つ。
「……ああ、手を組もう。最高のショーの、幕開けだ」
俺は、誰にも聞こえないように、心の中で呟いた。
(――これが、俺の、最後の配信だ)
俺は、震える手で《神々のインターフェイス》を起動させた。
そこに叩き込むのは、俺の配信者人生の、集大成となるタイトル。
『【最終回】世界を救う物語~最後のコラボ配信~』
そして、このありえないメンバーを前に、最後の作戦会議を開いた。
俺の指揮の下、四人の役割が、明確に定められていく。
「ボルガ!」
「おう!」
「あんたは、俺たちの全てを守る、不屈の『盾』だ! 何があっても、絶対に折れるな!」
「エララ!」
「……何だ」
「あんたの計算で、ゼノンの弱点を的確に貫け。あんたは、俺たちの必殺の『矛』だ」
「リリアナ!」
「はい!」
「お前は、俺たちの全ての想いを乗せて、最後の一撃を放て。お前が、俺たちの最強の『切り札』だ」
そして、俺は。
この三つの魂を束ね、奇跡を起こす、絶対的な『司令塔』となる。
俺の視界の端で、インターフェイスが、静かな、しかし、これまでにないほどの熱い光を放っていた。
そこにはもう、野次や罵声、エンタメを求める声はない。
ただ、世界の存続を、そして、俺たち英雄の勝利を願う、地上の神々の、純粋な「祈り」だけが、光の奔流となって、画面を埋め尽くしていた。
*
最後の作戦会議は、終わった。
四人の魂は、それぞれの役割を胸に、一つとなった。
「「「「うおおおおおおおっ!」」」」
四つの雄叫びが、崩壊する世界に響き渡る。
最後の死闘の、火蓋が切って落とされた。
ゼノンの放つ闇の魔力は、もはや天災そのものだった。
だが、俺たちは、もうただ蹂躙されるだけの存在ではない。
「――そこだ!」
俺の指揮が、戦場を支配する。
ボルガが、不屈の『盾』としてゼノンの猛攻を受け止め、エララが、必殺の『矛』としてその隙を突き、リリアナが、最強の『切り札』として、常に最善の位置取りを続ける。
だが、ゼノンの力は、俺たちの連携を上回っていた。誰もが満身創痍となり、その体は限界を迎えようとしていた。
そして、ついに、その瞬間が訪れる。
「――終わりだ」
ゼノンが、その身に纏う全ての闇を、聖剣の一点に集中させる。
全てを消し去る、破滅的な一撃。
避けられない。防げない。誰もが、死を覚悟した。
だが、その絶望を、一人の男の覚悟が打ち破った。
「――行け、ユウキ!」
ボルガが、吠えた。
彼は、パーティーの全てを守る『盾』として、ただ一人、その破滅的な一撃の前に立ちはだかった。
「お前の物語を、見せてみろ!」
轟音。
ボルガの巨体は、その自慢の盾ごと、光の中に掻き消えた。
だが、彼の覚悟は、確かに、ほんの一瞬の、奇跡のような好機を生み出していた。
「……計算に、新たな変数を追加する」
エララは、その一瞬を見逃さない。
ボルガの「非合理的」な自己犠牲が生み出した、彼女の計算にはなかった「可能性」。
彼女の全てを注ぎ込んだ必殺の一撃が、ゼノンの闇の鎧の、ただ一点の綻びを、正確に貫いた。
「ぐっ……!?」
ゼノンの顔が、初めて、純粋な苦痛に歪む。
その一撃は、ゼノンに初めて、致命的な隙を作った。
そして、その隙を、俺たちの最強の『切り札』は、決して逃さない。
*
全ての仲間が創り出してくれた、この、たった一度の好機。
俺は、満身創痍のリリアナに、最後の指示を叫んだ。
「行け、リリアナ! 俺たちの物語の、最高の結末を、その剣で描け!」
俺の雄叫びが、この物語のクライマックスを告げる。
その声に応えるように、リリアナは、地を蹴った。
ボルガが命を賭して創り出した、一瞬の好機。
エララがその計算の全てを懸けてこじ開けた、唯一の活路。
そして、俺との、絶対的な信頼。
仲間たちが紡いできた、全ての物語を力に変えたリリアナの聖なる一撃が、ついに歪んだ帝王を、浄化の光の中に包み込んでいく。
ゼノンが消滅すると、禍々しい紫色の空は晴れ渡り、世界の崩壊は止まる。
戦いは、終わった。
静寂の中、俺のインターフェイスに、クロノスからの、たった一言の神託が届く。
『――見事だ。汝らの紡いだ物語、我が『神話』として認定しよう』
それは、ユウキたちが、Sランクへの挑戦者として、ついに認められた瞬間だった。俺たちの物語は、まだ始まったばかりだ。




