2605/08/15 12:05『label21︰出戻り』
『ゴウン ゴウン ゴウン───』
一機の偵察船が遥か宙空を飛んでいる。
聞いた所によると一日の距離を僅か二十分程度で《転送》完了してしまうらしい。偵察大隊の船はそこまで高性能なのか。
流石、何千万APもするだけの事はあるって感じだ。私には一生手が届かないだろう。たぶん。
そんなことを思いながら、私は周囲で慌ただしく動いている『高潔なる焰の杯』の偵察隊員達の姿を観、船内の道中に設置された軟らかい椅子に腰掛けてぼけっとしていた。
「うわー、ここちよ。このイス、ベットにしたい」
「あんた……たまに凄いわよね。こんな状況だってのに、一体その胆力はどこから来るのかしら……?」
隣に座っていた魔女おばさんが愚痴る。
その顔はなんか強ばっている。たぶん、この船の人と折り合いが悪いのだろう。偶にひそひそ話も聞こえてくるし。
『あれがノブレスの出来損ないか……』『はは、なんかいかにもって感じの顔だな。プライド高そうで───』
『え、それって魔女おばさんの話ですか。一体どういうところがプライド高そうなんですか?私、プライド高そうな顔って所がちょっと気になってて……』
まぁでも、そういう場合は私が近づいて質問攻めにしてたら勝手に居なくなる。ほんと、人間関係って儘ならないものである。私はただ話を聞きたいだけなのに。ツラい。
しかしそんな事を思い出して鬱々していると、おばさんの隣にいたイヴァンが軽い口調で声を掛けてきた。
「まぁ、嬢ちゃんは頭のネジ抜けてるっすからねー。オレも大概な自信があるけど、嬢ちゃん程じゃないですし」
「いや、あんたも同類だからね?初めて乗る大隊船の道に引いてあるカーペットに包まって寝るやつ初めて見たわよ私。
あんたが一番避けられてるからね今?ヤバいからね見た目?」
『高潔なる焰の杯』転送船の床。
そこに赤カーペットみのむしスタイルで寝転がっているイヴァンに対し、魔女おばさんが突っ込んだ。
確かに今のイヴァンの姿はすごい。私としても目からウロコだ。大隊にもここまでやっていいんだと感無量だった。
「……」
「いやー、オレ、こういう変に飾ってるタイプの人間達が溢れてる所って嫌いなんすよねー。俗にいう反骨精神?ってヤツっすね!金持ちはカス!って感じで」
「……」
『うわ、まだ居るよ……』みたいな顔でイヴァンの上を跨いでいく船員の人達の視線を悠然と受けながら、イヴァンは何処吹く風といったようにハハハと笑っていた。
こいつ、もしかしたら凄いやつかもしれない。思わず内心で唸ってしまう。負けていられないな。
「イヴァン。わたしアレやりたい。あーれーのヤツ」
「お!旧典の転がるやつっすね!?オレもちょうどやりたいと思ってたところっすよ!いいっすよ!やって下さいっす!」
「よいではないかー、よいではないかー」
「やめてください、オダイカンサマーーー!」
「「あーれー!」」
「うわっ、なんだこいつら危ねっ……!?」
「はあ、なんか頭痛くなってきた……。
あたしも少し寝よ……もう考えるだけ損だわ……」
とまぁ。そんなことをしながら、私たち『獣王の鬣』と『高潔なる焰の杯』……ぷらす、他の大隊の数名は北の未開領域にトンボ帰りのように舞い戻っていた。
理由は単純で、晴れて『特異名称』付きとなった『第一北部未開領域』を攻略する為であり、大悪魔の討伐がメイン目標とし『高潔なる焰の杯』を主体とした各大隊の今いる主力メンバーが揃えられているようだった。
そして、そんな死地に飛び込むような一抹の旅に───
私たちも"案内役"として、区部長の考えによって参加させられていたのだった。解せぬ。いやホントに。次に特区に帰ったら痩せっぽ区部長さんのなよっとしたスキンヘッドを黒染めしてやろうと画策するぐらいには、普通に怒っていた。
ーーー
区部長を解せぬ理由としては二つあった。
まず一つ目は魔女おばさんがバカにされたこと。
会議中に魔女おばさんの身内っぽい人に魔女おばさんがバカにされて、そのせいでイヴァンとかマルローとか胸女とか私とかがキレ散らかした。それが先ずは一つ。
しかしその後の会議で、区部長さんに平謝りされながら同行が決まった後、会議の内容を伝えるために中隊に出戻って話をした時に『獣王の鬣』総意で頭を悩ませたことがもう一つだけあった。
「はぁ、また戻ってきちまったよ。第一北部に……」
そう、簡単な話で『獣王の鬣』中隊としてはこの危険地帯に帰ってくるのが普通に嫌だったのだ。
まぁ、当然である。一回死にかけた場所だし、その恐ろしさは一番『獣王の鬣』の皆が知っているのだろう。
統率の取れた動きで拠点を設営する『高潔なる焰の杯』と同様に各員、手馴れた手つきで作ってはいるが……勝手知ったる船員たちの顔色は全体的にあまり良くないようだった。
───『第一北部/吹雪・雪崩の境界線』の大悪魔。
姿形を朧気ながら見ただけと言っていたが、それでもここまでの怯えようなのだ。きっと、ひとたび出会ってしまえば大変なことになる。少なくとも隊員の何人かは死ぬだろう。
……もしかしたらイヴァンや魔女おばさんなんかでも一溜りもないかもしれないのだ。怖いものだ。
私はその嫌な予想を頭の隅に追いやりながら、テントの設営をする。
「ふんぬー」
そう。憤怒の感情だ。ふんぬだけに。前より何倍も重い物を持てるようになった力を余す事なく使って魔女おばさんの指示のもとテントを立てる。
「おー、あんたlevel上がってほんと力強くなったわね。もう21だものね。助かるわー」
「そうっすねー。オレより少し弱いぐらいには来たんじゃないっすか?《固有特性》いいっすねー俺も欲しいなぁ」
「あんたは無理よ。行動以外普通だもん」「うわぁ、辛辣ゥ」
「……あらあら、貴方達、まだ設営も終わってないのに喋ってるのねぇ。これだから出来損ないは、話しながらじゃないと作業もできないのかしらぁ。可哀想に」
そんな所で魔女おばさんの親戚が来た。
空気がピリッとする。主に私たちから嫌味おばさんに向けられる嫌悪の感情だ。隊員の中には舌打ちする者もいた。
「……お姉様、私共は中隊で人数が限られています。なので設営に少々お時間頂くのは当然だと───」
「煩いわね。少し黙りなさい」「っッ……!」
うん、切れた。私。嫌味おばさんが平手打ちするのを見て、設営していたテントの支柱を投げ落とす。そして直ぐさま魔女おばさんの近くに駆け寄って行った。
「大丈夫?痛くない?」
「……ん、うん。だいじょうぶ。」
伏せて俯きがちな悲しい目だ。
魔女おばさんらしくない。なんか嫌だった。
……嫌だったので、私は原因である嫌味おばさんの方を睨みつけて彼女を守るように背後に隠した。
「あら。なに貴女?可愛らしい子。中隊らしく、幼くて小さくて、とっても弱そうねぇ」
「……私、弱くないです。あと魔女おばさんも、中隊の皆さんも弱くないです。訂正して下さい」
「あらあら、ちっぽけな中隊でも自尊心は一人前なのねぇ。プライド保つの大変そうで嫌だわ。弱いとね」
「はぁ?」「何よ?当たりまえのことを言っただけでしょう?貴女たちがとっても、よ、わ、い って」
口元を歪めて宣い嗤う嫌味の前に黙々と『獣王の鬣』の面々が立ちはだかる。先程の会話を聞いていて堪えられなくなったのだろう。一触即発の雰囲気だ。あの隊長さんでさえも、顔を顰めて眉間に皺を寄せている。
「……ノブレスの隊長さん。私たちが中隊だとしても、少し、それは調子が良すぎるのでは?」
「あらあら『獣王の鬣』の隊長サマ?調子に乗っているのは其方ではなくって?私は今、遊び出した飼い犬に"案内役の分際で存外に人らしくするな"と忠告しているのだけれど?」
───睨み合いだ。
両者、一歩も引く気がなかった。
テント設営の敷居を挟んで『獣王の鬣』は嫌味とバチバチと視線をぶつけ合う。それだけ相容れないのだ。こう言っては悪いが、最も組み合わせちゃいけない偵察隊を組み合わせたのだろう。全て区部長のせいである。帰ったら殴ろう。
「はぁ、こんな事をしてたら任務が一向に進まないのだけれど?早く手を動かしてくれないかしら?そんなこともできないの、中隊は?」
「貴女が何処かに行ってくれれば直ぐにでも再開するんですがね。去る様子がないので。過干渉な上司は嫌われますよ、大隊長さん?」
「ちょっと、何やってるんですか、そこのニ隊ッ!
喧嘩するならよそでやって貰えませんか!?一銭の金にもならない任務はゴメンですよ僕は!?」
……だけど、そんな風に睨み合っていると間に入ってくる一人の影があった。
えーと、あれだ。確か、ぷろう、なんとかじぇいどのジョンさんだったはずだ。名前が短くて覚えやすいから覚えていた。なので、私は自信満々にジョンさんに声を掛ける事が出来た。
「ジョンさん、こんにちわ。このおばさんを何処かに連れてって貰えませんか。面倒なので」
「いや僕の名前ジェンですけど。そんな自信満々に間違えられても困るんですがね?会議の時に自己紹介しましたよね貴女にはね?」
あー、そういえばそうだった……かも。魔女おばさんのことを罵倒してすぐ帰って行った嫌味さんの印象が強すぎて、他をちゃんと覚えられてなかったようだ。
「おい、お前ら何やってんだぁ?おせぇんだけど」
「あ、リャンさん。なんか中隊と爆炎が争ってて、一つも準備が進んでないんですよ。困った事に」
「あ゛?!そりゃお前、弱い方が悪ぃだろうがッ!そんな事で一々止まってんじゃねぇよカスッ!めんどくせぇ!」
ケッと舌打ちして、サイド刈り上げ隊長さんはその場に座り込んだ。私の投げ捨てたテントの支柱だ。
その上で頬に手をつけるように腕を膝に乗せて、心底面白くなさそうな顔で私たちの方を睨み付けた。
そして、
「……ほら、お前ら闘えや?見ててやるからよぉ?
闘って、殴りあって、弱ぇ方が悪りぃ。それで話しは解決だろうが???なぁ????」
そう呟いて、誰も彼も逃がさない、とでも言うかのように、威圧感マシマシでダン!と地面を踏み鳴らした。
「それもそうですわね。聞き分けのない弱者を納得させるには、力でねじ伏せるのが手っ取り早いですわ」
それに嫌味おばさんが同調する。
どうやら偵察大隊の隊長というのは、血の気の多い人が務めているらしい。控えめに言って馬鹿である。赤タグ人間で殆どスラム育ちのような私でもここまで喧嘩っ早くないぞ。脳内筋肉共はこれだから駄目なんだ。力を持った馬鹿どもめ。
すると、そんなふうに達観していた私に対して……挑発的な笑みを向けてくる人が独り。
「……ほら、幼いお嬢さん?
己は弱くないという貴方の言葉を証明する機会が訪れたけれども。怖くて虚勢も無くなっちゃったかしらぁ?」
「あ?」
「それとも、この『高潔なる焰の杯』の当代隊長である、私───『爆炎の魔女』と殺り合う勇気なんて……最初からなかったのかしらねぇ……?ふふふふはぁ……?!」
そういえばそうだった。
私、コイツに切れてたんだった。
「いいですよ。その顔面、ぶん殴ってやりますよ。あとで後悔しないでくださいね?嫌味おばさん……?」
という訳で、そんな風にして私と嫌味おばさんの殴り合いが突如として決定したのだ。全ては区部長のせいである。帰ったら両頬を殴ると決めた。今。
そんな事を思いながら、私は、偵察四隊が見守る中で嫌味おばさんと対峙したのだ。
ーーー




