2605/08/14 13:20『label ???︰偵察大隊』
現在、第一人類保護特区には三つの大隊が存在している。
一つは最近頭角を表し、世間の話題に押されるように偵察大隊となった"リ・シェン"率いる『翠の力帯』。
『太平洋境界線』の攻略に乗り出している最中であり、その隊員数は優に二百を超える。規模も大きく、人気と実力を兼ね備えた期待の新星と称されている偵察隊である。
次に、長い歴史と血筋の中で代々受け継がれ続けている古参の偵察隊団である『高潔なる焰の杯』。
第一保護特区の開拓において多大なる貢献をした偵察隊の一つであり、その中でも現代まで生き残っている数少ない名家の偵察大隊だ。
隊員数は八十程度で大隊にしてはそこまで大きくはないが、しかし長い歴史による経験とノウハウ、代々の血筋に受け継がれている異能の力によって幅を利かせている第一保護特区の元締めのような存在であるらしい。
そして最後に、数年前に突如現れてから次々と高難易度偵察をこなし、単純な個々の実力だけならばトップだと噂されている『狂わしき獣の宴団』。
隊員数は凡そ三十人程度と、中隊下位レベルの数でありながらも、その偵察達成率や悪魔討伐率では稀に見ない高い水準を記録。その勢いのまま着々と実力を示し、去年の春頃に大隊となった実力者達の集まりである。
「……で、区部長さんよ?
その『北部の方』の報告の話は本当なんだろうな?俺たち三大隊を集めておいて、違いましたじゃすまねぇぞ。あ?」
「えぇ、それはもう本当ですとも。最近の話題性に寄り付く様な偵察隊の中でも、比較的献身的な中隊からの報告ですから、恐らく間違いはないでしょうと推察されます」
円卓の横脇に座っていた男。鋭い犬歯を唸るように見せつける、荒々しい髪をした『狂わしき獣の宴団』のリーダーを区部長は窘める。
『狂わしき獣の宴団』の隊長、リャン=ロウだ。
確か中央大陸人だったか。気性が荒く誰にでも直ぐに噛み付くと噂されている、俗にいう『NEWS向け』の話題に尽きない男だと聞いたことがある。
「ケッ!ほんとかよッ!弱っちぃ中隊の話なんぞこれっぽっちも信用ならねぇな!?情報源カス以下だろ!それッ!」
リャン=ロウが黒い短髪をかき上げながら文句を言う。
細長の鋭い目付きだった。ドンと区役所の会議室の卓上を叩きながら、その見つめられるだけで射殺されてしまいそうなほどの眼光を区部長に向けている。
……正直、怖い。えもすれば漏らしてしまいそうなほど、区部長は内心で動揺していた。
「まぁまぁ、リャンさん。
そのぐらいにしておきましょうよ?区部長さんも怖がってますよ。それに話を聞くだけならタダです。無料です」
「あ゛ぁ?!ジェン、お前はいつもウルセェんだよッ!
タダタダ無料ってそれしか言えねぇのか!?この穀潰しの貧乏大隊がよッ!」
「やだなぁ。僕たちの隊は人が多いですから。野蛮人の集まりである何処かの大隊さんとは違って、経営をきちんと考えてるんですよ?頭悪いなぁ」
「はぁ!?お前マジで生意気だなァ……!?
経営経営って、お前んとこの翠は来てんの副隊長のお前だからまぁいいんだろうがよ!?
だが、こっちは貴重な隊長サマの時間使って来てんだよ!時間は大事だろうがッ!!馬鹿かてめぇは!??」
そう言われても隣で涼しい顔をして、旧典の紙本を読んでいるのは『翠の力帯』の副隊長 リ・ジェン だ。
緑がかった髪を綺麗に整えて、服装から何から何まで小綺麗に揃えた様子から几帳面である事が伺える。確か『翠の力帯』隊長のシェンとは同胞、兄弟であるらしい。
「……ふふ、貴方方、発言も行動も名誉ある大隊として見合ってないわね。余り口を開かない方が宜しくてよ?無様すぎて笑えちゃうから」
赤のドレスに黒のレースのスリットが入った服装。
そしてその顔を覆い隠すような同じく黒レースの日除け帽子を被り、同じく黒の手袋に覆われた指を口元に当てながら、円卓の端に居た女性は二人を嘲笑う。
───ただしかし、美しい。
その馬鹿にするような笑みさえ、妖艶で見るものを近寄らせない別格の雰囲気が漂っているのだ。
彼女が『高潔なる焰の杯』の現隊長、ロレイナ・レイベルフォード=マシュレイラであるらしい。
レイベルフォード家の長女で、爆炎の異能を扱う『高潔なる焰の杯』の直系の跡取りである。
「そもそも、人類の脅威と成りうる境界線の発見なんて、歴史上あまりにも類を見ないものなのだから。
報告の確度なんて気にしていられないわ。問題は……誰がこの名誉ある境界線を攻略するか、じゃないかしら?」
そう呟いた彼女は、扇を軽く開いて口元を隠した。
なるほど、今回の招集にはやけに素直に各大隊がやって来てくれたと思ったら……全員、話題性狙いだった訳だ。
区部長は内心でため息をつく。
確かに長らく『未開領域』であった第一北部の偵察行動に加えて前人未到の境界線探査ともなれば、市民の支持も得られて箔が付くというものだ。
そして、開拓された土地には彼らの名前が一生残る事になるだろう。それこそ、第一特区を開拓した古い英傑達のように、後世にすら名を残す可能性すらある。
……そういう意味で、彼らは目を光らせているのだ。
他の大隊の面々が抜け駆けしないように、自分が美味い汁を啜るために、牽制しに来たと言うわけか。
「(しかし、はぁ……困りましたね。
これでは偵察班を決めるのに時間が掛かりそうです。
今回の件は報告を聞く限り、手早く対処しなければ危険な案件な筈なのですが……さて、どうしたものか……)」
区部長は考えていた。
この名誉の為に牽制し合う彼らをどう纏めていち早く偵察に向かわせれば良いのか、と。
どう言い争いを止めれば、角が立たず、この場を乗り切れるのか……と。
「そりゃ俺んとこだろぉ?俺のとこが一番実力あるしなぁ?!探査も上手いぜぇ?」
「は?何言ってるんですか。ウチが太平洋境界線の探査からもうすぐ帰ってきますから!そのノウハウを活かして攻略してあげますよ、きっちりとね?」
「あらあら、何言ってるのかしらこの馬鹿共は。私の大隊が一番適任に決まっているでしょう?……ねぇ、区部長さん?」
そして最終的には言い争う事しかしない、名誉ある大隊の彼ら三人にぎろりと睨まれて……区部長は内心で心底焦りながらも、とある"妙案"を閃いたのだった。
「……では。こうしましょう。
いち早く、この境界線を攻略する為に───」
ーーー
「うおー、帰ってきたー!
マジで生きた心地しなかったっすね〜!今回の偵察ー!」
「まぁね……あんな事があったとは思えないぐらい、被害ないからね。欠員も無いし。上々よ」
「ほらほらお前たち!そんな与太話する前に報告行くぞー。区部長さん待ってんだから!歩いた歩いた!」
特区に到着した。帰りは速攻で《転送》を使って帰ってきたので、行きの何倍も早く辿り着いたように思う。
……まぁそれでも余り性能の良い転送船ではないので距離限界があって遅い方らしいけど。私としては、一日短縮できただけで凄いと思わざるおえなかった。
「じゃー、整備班は整備宜しくなー。細かい所まで見てくれると助かる。何しろ、寒冷地帯は初めてだったからな。ガタが来てる可能性もある。要注意だ」
「うーす」「はーい」「分かりましたー」
この船、隊長さんが値切って値切って中古で買ったらしいけど私もお金が溜まったら買ってみたい。
偵察隊として転送船の有無は大きく活動に関わってくるというのもあるが……それよりも、個人的に値切りというものをしてみたいのだった。
だって、きっと今の私なら許されるだろう?
何故ならば……!
「わたしはもう《黄色タグ》なのだから……ふふふ……」
───そう、今まで赤かった手首の電光リングが、淡い黄色に変わっている。
転送船で移動中の空き時間に、隊長さんの持っていた探査盤で《health》情報付きで申請したら通ったのだ。
それも、めっちゃ簡単に。しかも、青を飛ばして一つ上の黄色である。これは喜ぶしかない。手首を見る度に普段から余り表情が動かないと馬鹿にされていた筈の顔が、にやにやと緩んでしまう。
「……あんた、まだにちゃついてんの?その顔、人様に見せられないから辞めた方がいいわよ……?」
「にちゃついてないです。ニヤついてるんです。そこ、間違えないで下さい」
「あー、はいはい、ニヤついてるニヤついてる。
……ほら、そんな事より、あんたも区役所行くんだから早く着いて来なさい?あんま遅いと置いてくわよー」
そんなこんなで、私たちは区役所へと足を運んだ。
メンバーは隊長さん、イヴァン、魔女おばさん、五左衛門。
そして私の五人である。これ以上人を連れてきてしまうと、返って邪魔になるだろうとの隊長さんの判断だった。
「いらっしゃいませ。ご用件は如何され……ん?
あぁ、アンタ赤タグで偵察隊になった子供じゃないの。生きてたのねぇ、おめでとう」
「あ、受付のお姉さんだ。こんにちわー」
「はーいこんにちは。で、今日は何の用で……?」
「……って『獣王の鬣』中隊さん!?わ、あっいらっしゃいませ!本日はいったいどうされましたか、皆さま方?!」
いつも通りのゆるっとした対応をしてくれた受付お姉さんが、ひょっこりと顔を出した私の後ろにいたメンツを見て慌てて途端にシャキッとする。
おぉ、やっぱり意外と人気だ『獣王の鬣』中隊。今少し話題になってる偵察隊なだけあってお姉さんも緊張気味である。
「お姉さん、隊長さんが区部長さんに用があるって」
「っは、はい、区部長ですね!ただいま呼んで参ります!」
「あぁ、頼むよ。受付のお姉さん」
「了解しましたぁー!」
すっ飛んで行った。
そして数分後。
「ぜぇ、ぜぇ……あ、あのっ!
皆さま、区部長が奥の会議室にとの事だったので、一緒に着いてきて頂けますか……!はあ、はぁ……!」
うん、息も絶え絶えだった。
そんなお姉さんに連れられて会議室へと案内される。
「すみません『獣王の鬣』中隊です。失礼します」
───ガチャリ、と隊長さんが部屋の扉を開く。
もちろんノック後だ。こういう所はきちんとしてるなぁ。隊長さん。もしかして割といい所の出なんだろうか。解釈違いである。
「おぉ、『獣王の鬣』中隊の諸君!
待っていたよ!報告の件に加え、少し話があってね。君たちに少し依頼したいことがあるんだ。聞いてくれるかい?」
「えぇ、区部長さん。勿論、聞きますけれども……。
ですが、その前にこの面々は……一体どういう……?」
しかし、そんな解釈不一致な丁寧で困惑した様子の隊長さんが目を向けた先にいた人達の姿。
その円卓の椅子にむんずと座っている顔ぶれを見て、あまり表情の動かない私ですら思わず目を疑ってしまった。
だって───。
「あ?ソイツらが件の偵察中隊か?弱そうだな」
「リャンさん、そんな事を言うものじゃないですよ?
同業者でもメディアの目はありますしね。収入に関わりますし気をつけた方が宜しいかと」
そこには、この第一保護特区の全ての偵察隊の中でも最も人気で強いとされている、三大隊の隊長・副隊長さんたちの姿があったのだったから。
中隊として名をあげてきた流石の『獣王の鬣』の面々であっても、一歩引いて驚いてしまうぐらいの面子だ。
麻雀でいうと国士無双みたいなものだった。私、麻雀やった事ないけど。多分すごくっょぃ。それだけは知ってる。
「……あら?
新たなネームド付きの境界線から帰ってきた幸運な報告者は何処の誰かと思ったら───ウチの出涸らしじゃないの。あんた、まだ生きてたのね?……カタリナ?」
「……別に、関係ないでしょ。姉さんには……」
そして最後に顔を上げた女の言葉に───。
私は、なんか。嫌な予感が鳴り止まなかった。とても。
ーーー
・用語解説
《偵察危険度》について
危険度とは、偵察行動においてその地帯がどれだけ危険かを表す安全指標である。
例えば、危険度Dならフリーランス、危険度Cなら小隊……
といったように四つの危険度がそれぞれフリー・小隊・中隊・大隊〜といった具合に分けられるのだが、勿論その規格に当てはまらない規格外の《未開領域》も存在する。
───それが、ネームド付きの『境界線』だ。
境界線とは、人類と超自然の境目を表すワードであり、危険度Aから上の『未開領域』に付けられたりする。つまりとっても危ない。大隊でも死にかねないヤバめのなにかがある空間ということである。怖!!!




