2605/08/08 10:32『label3︰現象』
・用語解説
《AP》
《市民管理タグ》に紐付けされて管理されている『人類管理区画』における通貨の一種。
公的機関から回された仕事によって得た収入は全て国に中抜きされて《市民管理タグ》に入金され、そこに暮らす一般市民は限られた収入の中で食糧や必要品を購入しなければならない。
平均日給30~60AP。一食5AP~15AP以上。
《市民管理タグ》の種類によって収入は変わるが、基本的に色のランクが上がる事に倍額になると考えたら分かりやすいだろう。
……因みに"人類安全保障税"と称した国からの中抜きは収入半分APぐらいである。世知辛いね。
「なぁ最近、この船のなかで『怪奇現象』が起きてるって噂……知ってるか?」
『獣王の鬣』偵察中隊、転送船の内部に備え付けられた男子トイレ。
古い型の転送船だからか、今は年寄りに懐かしいとさえ言われる旧タイプの縦に長い小便器の前で、船員の作業員二名が連れションをして話をしていた。
「怪奇現象?」
「あぁ、怪奇現象。
なんでも、夜になると廊下からひたひたという小さい足音が聞こえてくるとか、倉庫からガサガサって何かを漁るような音が聞こえてくるとか……。
極めつけは、なんか、知らない少女の姿を見たって船員が、複数居るらしいぜ。怖くね?」
ジョボジョボと音を鳴らしながら、ふぅと身体を震わせる男。それは小便を出した事による安堵の震えだろうか、それとも、恐怖から来るものだろうか。
「ははっ、何だよそれ。意味わかんねぇだろ。
……此処が『未開領域』ならまだしも、今飛行してるルートは安全確保が保障された道だぞ?そんな、ありがちな領域内みたいな怪奇現象なんてある訳───『ガタリッ!』」
「ひっ!?」「うわっ……!?」
しかし、そんな時だったのだ。
男達の背後……つまり、自分たち以外には誰も居ないはずの男子トイレの個室から、小さくもはっきりとした物音が響いたのだ。
「……おい、これって」
「ま、まさか。そんな訳あるはずねぇよ。
聞き間違い、聞き間違い……なに、お前、ビビってんのか?だせー……!」
「は?!び、ビビってねーし!
ていうかお前だろ、逆にビビってんのは……!」
それまでの雰囲気も災いしたのだろう。
二人とも、仲の良い隊員同士の前だからか、威勢を張り合いながらも急いで小を出し切りズボンのチャックを閉める。
「で、でも、俺たち仕事あるしなっ……!
急いで機関室に戻らなきゃ───」
そして、二人がふたり何方ともなくトイレから逃げ出そうとした……そんな時だった。
『そ、そこの誰かぁぁぁぁあッ……!!!
かみ、紙を、トイレットペーパーをぉッ、取ってくれませんかぁぁぁあッッッッぁぁぁあ……?!!!!」
「「ッゥっ?!キャャぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!??
お化けっぇえ、ええええっえええっえええっええええええッ……え?」」
こうして《井ノ本 開花》は無事に『獣王の鬣』の船員達に見つかることとなったのだ。
ギィィと開け放たれた扉の先から出てきた青ざめた顔でお腹を押さえていた少女と、泣き叫び抱き合い恐怖する男たちの会合を経て……。
ーー
「なるほどな。それでうちの『獣王の鬣』の転送船に無断で乗り込んで、男子トイレで用を足していたと……」
見つかった。
しかも、最悪の形で。
目の前で、顔を顰めながら会話を続ける隊長さん。
その何かを呑み込めないものを飲み込もうとして今日何度目かの押し問答を繰り返す隊長さんの様子に、冷や汗をかきながらも冷静を装い続ける。
「はい、すみませんでした。
めっちゃ乗り込みました。ごめんなさい」
「うん、それで倉庫の食糧も食べてたよな?」
「……はい。
お腹すいてたので食べました。ごめんなさい」
「うん、うん……そこまでは分かった。
夜中徘徊してたのも君だよな。まぁこれも理解はできる……。暇は大敵だからな。行動原理として分からなくはないさ」
だって、ここで冷静さを失ってしまえば、私の人生は終了する。何故ならば───
「……だが、だよ?
それでなんで君は男子トイレにいたんだ?うち、普通に女子トイレあるだろう。変態か……?」
「……それで、私の処遇についてなんですけど。警備兵に突き出すのだけはやめて頂けると嬉しいです。私も生活が懸かってるので」
「うん、なんでそのごまかしで乗り切れると思ったのかな?
無理だよ。普通に。てか提案がいちいちふてぶてし過ぎるよ?舐めてるよね?我らのこと?」
『獣王の鬣』偵察中隊、転送船の操舵室。
その隊長の私室兼作戦会議室らしい場所において、私は複数人の隊員たちに囲まれて詰められる。
「ぶははははっ、た、隊長そりゃあれですよ……!
男子トイレに忍び込んで用を足していた挙句、果てに紙がなくて自首なんて、ぷぷっ、オレなら死にたくなりますもん……!
自分からは言い出せませんよ、理由なんて……ぷ、ふふッ……!!!」
港で見た、見るからに《探査輪》をつけて走っていきそうな痩せぎすのローブの人が堪えるように笑う。
確か、船内での会話内容を聞いていた限りだと『イヴァン』とかいう名前だった筈だ。
短いおさげの尻尾を揺らして、口元をぴくぴくさせて……うん、心底楽しそうである。私はちっとも楽しくないのに。
「しかし、実際問題舐められてるわよね。
だって勝手に乗り込んだ挙句、食料まで食べて見逃して下さいって言ってるんでしょこの子。
私たちのメンツの為にも、ちょっと〆たほうがいいんじゃない、隊長?」
私を軽く蔑んだ目で睨みながらそう呟くのは、なんか分かり易く目深な帽子を被った《異能使い》っぽい人だ。
確か、名前は『カタリナ』だった筈だ。
昼過ぎの食堂でこっそりお菓子を食べているのを見つかって隊長さんに凄い怒られていた光景を思い出す。
「まぁまぁ、カタリナさん、イヴァンさん。
この子もやむにやまれぬ事情があったのでしょう。
……男子トイレに入ったぐらいで、そこまで怒らなくても良いじゃありませんか。そのぐらい神は許してくれます。えぇ」
そして、この明らかに見当違いの事を言っている聖職者っぽい人は『五左衛門』だ。
外見はプラチナブロンドの長金髪で《中央大陸人》っぽいのに、すごい日本名で名前のインパクトが強くてよく覚えている。
「いや、今そこじゃないからな五左衛門。今は乗り込んできた事の方を詰めてるから。分かった?」
「あぁ、なるほど。
つまり、彼女が乗り込んできたことが悪い事なので成敗しようと。それならそうと早く言ってくださいよ、レオ隊長」
うん馬鹿だ。この人、顔に見合わずパーフェクト馬鹿である。ここ三日で観察できた行動もすごかったし。
この前は食事中に喧嘩した船員二人の事を両方ぶん殴って『喧嘩両成敗です』と言ってポカンとさせていた。
たぶん、この人がこの船の中で一番ヤバくて怖い人である。関わらないようにしよう。
閑話休題。
「それで、この子どうする?
いったん帰って突き出す?それとも乗せとく?」
「まぁ、今更帰るのは無しだろ。ここまで来て往復したら燃料費高いし、もうすぐ着くしな……
船の中で留守番しててもらうしかなくないか?それで帰ってから警備兵に突き出す」
捕まって直ぐ渡されたパイプ椅子。
その上に大人しく座っている私を見つめながら、会議している隊員たちの声に耳を澄ます。まぁ、ここまで来たら開き直りである。
「ほらほら開花ちゃんおやつですぜー?
……食べたい?食べたいよね?あげなぁーい!」
正直、到着まで隠密して、そのまま探索についていけたら最高だったんだけど。見つかっちゃったし。
目の前で煽るように固形菓子を食べるイヴァンさんの腹にパンチを食らわせる。ぐほって噎せた口からお菓子が飛び出して、汚かったがいい気味だった。
そんな蹲るイヴァンさんの様子に私は鼻を鳴らして嘲る。
「でも、探索中に悪さされたら溜まったもんじゃないわよ?……この子、話してる限りだと一応偵察隊なんでしょ?だとしたら船も動かせるし……」
そう呟く魔女っ子お姉さんの言葉に私は思い出す。
確か、転送船というのは『偵察隊』……というか、levelが一定以上の者の体内エネルギーを用いて動力を稼働させて動いている、という話を聞いた事がある。
なんでも『悪魔の魂』なる燃料とは別に、そもそも資格がないと運転できないとか。
だから、偵察隊は各所で重宝されるのだとか。
「いやなぁ……でも《赤タグ》だぞ?
さっきの身の上話も本当か怪しくないか?」
「……ま、それもそうだけど。今まで偵察隊で長くやってきて赤タグの偵察隊なんて、一度も見た事ないし」
あー、やっぱりここでもかー。
幾度となく向けられた懐疑の目である。
私はそろそろ何度目かも分からないような同じような視線にうんざりしながらも、蹲るイヴァンの背中に跨って足を組んですんと鼻を鳴らした。
「ハイヨー、シルバー。」
「ヒヒーン。でもですよ、隊長ー。
偵察隊なら、調べてみればいいんじゃないっすかー?」
下でモゾモゾと椅子イヴァンが口を動かす。
お、こいつ意外と良い奴だな。意外な所からの援護射撃に、私は驚きながらも椅子の肩を掴んだ。
「そうですよ。赤タグでも、もしかしたら使える人材かも知れませんよ。後悔するかもですよ。私を逃がすと」
「んー、そうか?
なら一応見てみるが……」
そうして、隊長さんは何やらゴソゴソと部屋に備え付けられたベッドの下から、なんと《探査盤》を取り出してふぅと息を吹き付けた。埃が舞い散る。汚な。
「じゃ、これに触れてみてくれるか?
それ次第では処遇も改めよう。開花くん」
「珍しいですね。探査盤所有してるの」
「あぁ、昔大枚はたいて買ったんだよ。まぁヘルスならギルドで確認できるから全然要らなかったんだけども」
無計画だなこの人。
やっぱこういう所が偵察中隊たる所以なんだろうな。
あっけらかんと呟く隊長さんにそんなことを思いながらも、私は目の前の汚い《探査盤》にそっと手を押し当てた。
そして───。
「うん……低いわね」
「……低いな」
「低いっすねー」
私の金色のhealth数値を見て、気まずそうに覗き込んだ三人が声を漏らした。なんだコイツら。顔面ぶん殴ってやろうか。
「あー、なんかお腹空きましたねー。
みなさん、何か食べに行きましょうか?」
……そして五左衛門。お前はお前で興味無さすぎだろ。このパーフェクトマックス馬鹿め。
「でも、あれね。
合計数値100は越えてるし、level3だし。貴方、赤タグなのはタグの更新してないだけじゃない?」
……ん?level3?
そう言われて、私は《health》を確認する。
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《health》
・label 3 ・Code 井ノ本 開花 ・ago 14
・Strength 25 ・Agility 23 ・Vitality 18 ・Power 35
S.A
『label possession disorder』
E.S
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「あ、level3になってる。やったー」




