2605/08/15 18:00『label21︰進軍』
「いたたたたた、そこ痛い」
「はいはい分かりますよ、でも我慢してくださいねー」
「ったぁ!!お、折れてない……?それ折れてない?!」
「大丈夫ですよー。少し曲がってるだけですからねー」
極寒の大地を治療されながら歩く。
施術らしい。といっても外部から"気"なるものを流し込むだけなので、別にそこまで施術感はない。
強いていえば治療の為にはだけさせている背中が寒いのとたまに骨をいじる時に痛いぐらいだろうか。それ以外は意外と快適だった。
「これでよし、と。はぁ、僕がこんな一銭にもならない仕事をする事になるなんて……リャンさんに感謝して下さいね?フリーランスのお嬢さん?」
翠の大隊の人が、やれやれと手を広げる。
リ・ジェン。彼はなんでもサポート特化の槍使いらしい。大隊の副隊長としては珍しい、基礎戦闘力じゃ測れないタイプの有能株だ。
「ん、ありがとう回復さん。助かった」
「うん、名前いい加減覚えましょうね?何回目ですかねそれ?僕世界一覚えやすいぐらいの名前してますよね?リですよ?リ。小野妹子ぐらい覚え安い筈ですよね?普通に」
普通がどうかは知らない。
……が、小野妹子が誰か知らないので、私はそいつも覚えにくいと内心思っていた。イモコってなんだ。芋じゃん。
あだ名つけるとしたら芋さんになってしまう。そんなの可哀想だ。そんな事を考えながら、私たち偵察隊一行は一応偵察隊の業務をこなしながら前に進んで行く。つまり穴の捜索とルートの開拓だ。
そして今はその通常偵察と並行して、大悪魔の目視をまずは目指しているらしい。
「本当かどうか怪しい、なんて言われちゃったからね。
一旦は話を信じてもらうためにも、案内役として目標を見つけないと」
「そっすねー。でも、あの規模だと見つけたら見つけたでもうそこが戦場になるんで、個人的には見つかって欲しくないんすけど」
「……まぁ同感だわ。アンタと一緒の考えなのはちょっと嫌だけどね。どちらにしろ信頼は落ちるから、好きな方に賭けましょうって話しよ。結局は」
だからあんたも済ませときなさいよ。色々と。
私の頭をぽんと撫でられながら、そう呟かれた魔女おばさんの声色は、冷たい気温と風のせいか、いつもより随分と強ばった表情になっていた。
「わかった、今のうちにトイレ行ってくるね」
「いや、うん、開花くん、今の言葉はちょっと意味が違うと思うぞ?」「?」
「多分、お祈りとか遺書とか、そういう意味合いの済ませるだと俺は思うんだが……」
あぁ、なるほど。そっちかー。
私の返事を聞くまもなく指揮を取り始めていた魔女おばさんの手の冷たさを思い出しながら、私は合点がいったので深く頷いていた。こういうのが読み取り力というやつなんだろう。中隊でも、一応隊長やってるだけあるなぁ。
「じゃあ書こうかな。遺書。
残す物も人も居ないけど、雰囲気でそうだし」
「うん、ごめんな開花くん。これからもう少し優しくするな?おじさん泣いちゃった」「どうしたの、風邪でも引いたの?」「いや、ちょっと目にゴミがね……」
隣の目頭を抑えた隊長、レオの顔がなんか辛そうで面白い顔になっていたので、電子媒体の遺書にはその似顔絵を書いておいた。寒さと痛さでへちゃむくれた顔で、思わず筆が進んでしまった。
「完璧だ。これでみんな準備出来たね、隊長さん」
うん、我ながら面白い顔が描けたと思う。
移動しながらと寒さで震える中で描いたのもあって輪郭が少し曖昧だけども、面白いからいいだろう。
「……そうだな。人類の希望となる覚悟は出来たな。偵察隊冥利に尽きる仕事だ。頑張ろうな」
隊長に頭を撫でられながら、私は偵察から帰ったらこの似顔絵を皆に見せようと思っていた。
……いや、この場合は遺書なので、生きて帰っても死んで帰っても見せられるのか。遺書って結構お得だな。
そんな事を考えながら、偵察混合隊は進んでいた。
この極寒の大地を開拓せんと、ひとしきり、電光の轍でもって安全を踏みしめるように。
人類の、生存圏を押し広げるようにして。
私たち偵察隊は命でもってして、前へ、前へと進んでいた。
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『……北方300m、先で停滞する大吹雪を視認しました。恐らく今件の対象であると推察されます。如何されますか?』
そんな通信が入ったのは、私たち偵察混合隊が出発してから数時間後だった。
『───ザザ。偵察A、続行だ。
逐一状況を報告しろ。異変があったら直ぐに通達。OK?』
『了解しました。以後、時間と距離で定期的に報告を流します。宜しくお願いします』
『偵察A了解』『B了解よ』『Cも大丈夫です』『中隊了解です。これからの指示、出来ればお願いします。オーバー』
隣にいた隊長さんが返事する。無線通信だ。
出発前に支給されはしたが、きちんと会話する所を初めて見たので、ほんとにオーバーって使うんだなぁって内心少しだけ感心していた。
『指示了解、偵察B隊は右方、C隊、案内役は左方に展開して待機。Aはこのまま警戒しながらゆっくりと前進。
魔導砲が命中する範囲に入ったら、前線拠点を設営して交戦だ。オーバー?』
「『中隊、了解です『B了解』『C了解です』
では、展開します───』
……と、こんなもんでいいのかな。こういうのやったことないから流石に緊張するな。開花くん、どう思う?」
はぁと、安堵の息を吐いて隊長さんが愚痴る。
……どうやら適当だったらしい。まぁ、考えてみれば当然か。大悪魔の討伐混合隊なんて、早々できる事なんて無いし。
みんな当てずっぽうでやってるのだ。案外、そう考えてみると面白い光景だった。
「はは、大隊だと規模が大きいので普段から無線も使うんですが、中隊規模ぐらいだとあまり使いませんもんね。
まぁ、僕ら大隊各隊でも報告連絡の規格が揃ってないので、此方も当てずっぽうではあるんですが……」
指示を受けて隣りにくっついてきた偵察C隊、翠の回復の副隊長さんであるリ・ジェンさんが隊長さんの呟きに思わずと笑みを零している。
ここからはリさんの所と一緒に動くことになるらしい。
つまりはサポートが主な仕事だ。たぶん衛生兵の様な働きを期待されているのだろう。そのまま前線に駆り出されると思っていたので、この配置は少々意外だった。
「私たち、前にでないんだね。なんで?」
「あぁ、それならこっちに来る途中で聞いてきましたよ。
『あ゛?お前らLevel50もいってない弱っちい偵察隊どもに前線なんて任せられるかよ?下がってろ雑魚共!』……ってな具合でしたね。フリーランスのお嬢さん」
なるほど、片刈り上げさんの決定だ。どうやら軽く命拾いしたらしい。
手に持った槍を手入れしながら、回復さんが会話してくれる。彼の大隊と合流したことで、そこからは大きめの中隊規模ぐらいの隊員数で進むことになった。
なんでも、リさんの所は大半のメンバーが太平洋の偵察に挑んでいる最中らしいので、合わせても中隊規模って感じだ。
『B、設営完了。そっちは?』『A、魔導砲射程範囲内に到着。今から設営を開始する。オーバー』
「ん、どちらも設営始めましたね。では、此方も急ぎましょうか」
そう言って設営を始めたリさんの所は、なんというか手際が良かった。訓練された大隊の動きというか、強さ的には私たちと同じぐらいでパッとしない筈なのに、それ以外の統率力がすごい感じだったのだ。これには思わずレオ隊長さんも唸っていた。
「うーん、主力メンバーが居なくてもやっぱ大隊は大隊だなぁ……俺たちとじゃ練度が違うな。アレは」
「やっぱりそうなんだ。早いもんね、なんか」
「まぁ、『翠の力帯』が規律を重んじる大隊だってのもあるだろうけどもね。それでも、今前線を張ってる大隊は何か中隊と一線を画す"得意"があるんだろうな。悔しいが」
個人での戦闘力と依頼達成率の片刈り上げさんの所と、全員がある程度強い偵察隊であり経験豊富な嫌味おばさんの所。
そして、一つ一つにルールを作って、集団行動での練度が異様に高い回復さんの所。本来はここに肩を並べられているだけでも凄いのだろう。悔しがれるのも、きっと才能だ。
そんな事を考えて設営に勤しんでいると、交戦の通信が入った。
『これから、魔導砲での砲撃を開始する。各隊、悪魔の行動に細心の注意をして行動しろ。オーバー』
どうやら、戦いが始まるみたいだ。
といっても私たちの任務は先程の推察通りサポートであり、部隊位置は他の各隊よりも少し後方にある為、少しは安全そうだった。
「ほら、来ますよ。皆さん準備を急いでください!」
『超電磁砲』や『焼夷迫撃砲』『魔導弓台』。
周囲に大きく展開するように遠距離での攻撃手段が多数配置されているのを確認するに、多分、いざという時のA隊の"撤退戦"のサポートか、チクチクの遠距離攻撃部隊、もしくは何か問題が生じた時に逃げ道とするための安全ルート確保拠点要員なのだろう。
「よし、こんなもんだろ。こっち設営できたぞ」
「おっけいこっちも大丈夫なはずだ」「そっちはどうだ?───」
その為か、後から合流してきた緑の部隊員の他のメンバーも、戦闘準備に慌ただしそうにしながらもそこまで深刻な表情をしている者は余り多くなかった。
レオの中隊とは凄い違いだ。場数の違いなのだろうか。
「ねぇ、ほら、あんた達、急いで砲台準備!
私たちが遅れたら不味いわよ!あの悪魔が射程に入る前に確実に力の補給しないといけないんだから……!」
そう言って急かしているのは魔女おばさん位だ。
鬼気迫る表情で中隊の面々を動かし、指示を飛ばすと何やら大きめの砲台を準備している様子だった。
「へぇ、あれ『魔導砲』じゃないですか。しかも遠方タイプの。中隊であの大きさの物を持っているのは珍しいです。どうしたんですか?」
「……あぁ、ちょっとツテでね。俺、私の中隊は攻撃物資だけは割と潤沢なんだよ」
長めの砲部に地面固定用のアンカーと土台。
その背には人を乗せられる台座が付いていて、砲部の上についている照準が覗けるようになっている。
恐らく、彼処に放出系の異能が使える人が乗ることによってエネルギーとなる異能の力を充電することが出来るのだろう。
射手兼動力源みたいな感じだ。
魔女おばさんはそれを用意しようとしているのか。
「おばさん、わたしも手伝うよ。何すればいい」
「ん?あぁ開花ね、じゃああんたはこっちの『魔導銃』に力入れといて!いざとなったらアンタが使うのよ!いい?!」
そう言って魔導銃を手渡される。
こちらも、準備されていた魔導砲同様にレーザーポインターと照準の着いた、長めで細めの銃身を持った私ほどの背丈のある古いライフル銃だった。
……鉄製の銃身が冷たく、重い。
持っているだけで責任と命の重さが肩にかかってくるような、そんな感覚さえ覚える。
「うん、分かった。これで戦うよ。わたし」
しかし、そんな弱音を吐いては居られないだろう。
ぎゅっと握りこんで決心する。やらなきゃやられるのだ。私も、カタリナおばさんたちも。
「……で、これどうやって準備するの?」
「イヴァン!この子にやり方教えてあげて!あたし忙しくて無理だから!よろしく!!!」
という訳で、私は隣りに来たイヴァンにやり方を聞きながら力を注ぎ込んでいったのだった。
……戦いが、始まる。
遠くで、悪魔の鳴き声の様な吹雪が吹き荒れていた。
その大きさは優に数十メートルを超え、吹雪の隙間から見える陰だけでも、尻込みする様な得体の知れない生物だった。
「これでいい?イヴァン」
「んー、まぁ大丈夫じゃないっすかね。恐らく」
「あんたちゃんと教えなさいよ!死ぬわよ!?」
そう、今の私たちは知らないが、これは───
『ゴオオオオオオオオ……』
私たち人類と、この世界の存続を、馬鹿にならない程の多数の命を賭けた戦いだったのだ。
……空間が崩壊してからの人類歴史史上、もっとも過酷で大きな戦いが今、始まろうとしていた。
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