2605/08/15 16:00『label21︰勝敗』
「……っ、もう見てられないわ、あたしが止めるッ!」
どこの馬の骨とも知れねぇ中隊のガキと、あのいけ好かない大隊の女を殴り合わせて数分。
試合は意外な事に一方的なものになっていやがった。
「まぁ待てや、中隊……確か、レオの所の魔女野郎。まだ試合は終わってねぇよ。口出すなや」
「でもッ!あんなのもう虐めじゃないッ!いたずらにいたぶってるだけだわ、止めなきゃ……!?」
確かに中隊の所の魔女の言う通りだ。
今のままでは、いけ好かねぇ女が子供のガキをぶん殴って終わりの、ワンサイドゲーム。
誰が見てもここから勝てる未来のない、なんの意味の無い試合に思えるだろう。
……そう、この偉大なる『狂わしき獣の宴団』の大隊長である、オレ以外には、な。
「ほら、取り敢えず、まだ動くなよ?こっからおもしれぇもんが見られるからな。オレの予想だとよ」
「はぁ?貴方何言ってんの!幾ら大隊長だからって、人がなじられてる所を面白いだなんて酷───!」
そして、そんな風にして。
中隊の所の女が詰め寄ってきた瞬間だった。
「……貴方の言ったちっぽけな異能。
とくと味わいなさいな?燃え死ね『爆炎』」
いけ好かない女が火炎を発生させる。
異能だ。どうやってかは知らないが、ガキの口車に乗せられたらしい。
そして、それと同時。
「今だ」
そう言って、ガキが女の放った白けた火炎に向けて駆け出して行ったじゃねぇか。普通は死ぬ。
あれは、level50も超えてない偵察隊員が耐えられるシロモノじゃねぇ。オレだって無傷ではすまないだろう。
───だがしかし、オレには"視えて"いた。
あのガキがどうやってか生き残り『いけ好かねぇ女をぶん殴っている未来』が、過程はどうあれにしろ、出会った瞬間から『運命の分岐点』の一つとして脳裏に浮かんでいたのだ。
……だから、知っていた。
「っ、開花ッ!?避け……ッ!??」
「《telekinesis》、起動───」
「ッは、あんたなんで生きてッ、ぶ?!!」
あの、いけ好かねぇ女の放った火炎が、ガキに当たる直前で目に見えない"何か"に逸らされて。
「これで、わたしの、勝ちです。嫌味おばさん……?」
にやりと笑うガキの血まみれのクソうぜぇ笑みが。
ガキの小さな拳とその二の腕から生えた《三つ目の足》で顔面をぶん殴られた、いけ好かねぇ女の歪む顔と共に試合終了を告げる事など。
───オレには、初めから分かっていた事なのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ッ……!?」
「これで、わたしの、勝ちです。嫌味おばさん……?」
頬に当たった拳。
そして、その拳の少し後ろにある、二の腕から生えた『歪な脚』がおばさんの側頭部にぶち当たった。
残念ながら歪な脚には痛覚がないので殴った感触はないが、しかし頬に突き刺さった拳からはじんじんとした痛みが遅れてやってくる。
殴れたのだ。しかも、二発。私はその事実に思わず口元を歪め、笑みを漏らしてしまう。
「は?ワタシの勝ち……?貴女、なに言ってるの?まだ、私は貴女からの攻撃で、気絶してないんだけれど……!?
そんなお情けで私の異能から生き残ったからって、調子に乗らないで頂戴な、このガキッ……!」
しかし、そんな私を見て怒ったのだろう。
そう言って振り上げられたおばさんの拳が……ガシリと、私の額にぶち当たる寸前で止められる。
片刈り上げだ。おばさんは、自らの邪魔をしてきた片刈り上げを睨みつけキッとした表情で怒り出した。
「……っ、何するのよ、リャン=ロウッ!
私はまだ気絶してないし、勝負は終わってないわよ!??邪魔しないで頂戴なッ!!!」
「いいや、そこまでだ爆炎の。クソ生意気なガキの言う通りお前の負けだぞ。耐え症のない弱者がよ」
……あぁ、良かった。
どうやら私の思惑通り、この試合は私の勝ちらしい。
片刈り上げさんがあっち側に着いたら勝てなかったけど、結構真面目でルールに公正で助かった。
「んっ……」
そんなことを考えながら私は二の腕から生えた、骨と皮だけのような歪な形をした煤焼けた細長い脚を元に戻す。痛い。
「はあ?貴方まで何を言っているの!?
先程も言った通り、私はまだ負けてない───!」
「いーや、完全に負けてるだろ。
……『お前が異能を使った時点で』な?もう一回よくルール思い出せよ、馬鹿女?」
片刈り上げが嗤う。
そんな片刈り上げの言葉を聞いて、わけも分からない様子で殺意の籠った目を向けている嫌味おばさん。
そんな光景を見て、私はしてやったりとにやけて、おばさんを煽るように鼻を鳴らした。
「『ルールはステゴロのみ、良いの一発入って一瞬でも気絶して動けなくなった方の負け』」
「……ステゴロ……のみ?はッ??
っ、貴女ッ、あんたッ、私のことを誘導したわねッ!?殴る以外の攻撃、私の得意な異能を使うようにッッッ……!」
「ハハッ、そういうこった!そしてその挑発に混ぜた誘導にまんまとお前は乗せられて、しかも最後にオマケで手痛い一発食らってなぁ!完敗だなぁ、爆炎?」
試合の初めに片刈り上げさんから聞いたルール。
ちゃんと聞いててよかった。偶々だったけど、あれのお陰で勝てたまであるし。
心の中で片刈り上げに感謝する。ありがとう刈り上げ。次に伸びてきたら私が剃ってあげよう。そう深く決意し私は刈り上げを見ながら頷く。
「?……まぁ、取り敢えず、だ。
これで勝者は決まった。爆炎、お前が引け。弱者は何も言わず死ぬべきだ」
「っ、何いってんの、私は負けてなかったわ!
少しでも私が本気で殴ってれば、コイツなんて一撃で死んでたでしょ!?それを、ルールの穴を突いて勝って……!」
「はぁ……じゃ、お前はなんでやれる時にやらなかった?
なんで勝てる相手に全力を出さなかった?何故罠に嵌って負けたんだ?」「ッ……それ、は……」
鋭い視線だった。片刈り上げのその有無を言わせずに射殺すような殺意の籠った眼差しは、その場の全ての隊員の口を閉ざしていたと私は思う。
「ハハッ、なんてことは無い。その事実が全てだろ、負け犬。
敗者は大人しくハウスにでも帰って、可愛い自分の部下にでも吠えずら見せてろや、雑魚大隊長がよ」
そう言われて、嫌味おばさんは顔を真っ赤にしながら、
「……戻るわよッ!」と周囲を取り囲んでいた自らの隊員達に呟いて帰っていく。多分、分が悪いと悟ったのだろう。まぁ当然だ。この人に勝てる未来が見えない。
「いやー、しかし面白い勝負だったなぁ!お前、見直したぜ、弱小の中隊員かと思ってたら肝の据わったオオモノの卵だったなんてな!ハハッ!」
「うっす、あざーす」「ははははは、オレにその態度か!ますますおもれぇ!いいなぁ、お前ぇ!」
バンバンと肩を叩いてくる片刈り上げ。その姿と声に、内心で怖いとは思いながらも少しも顔に出さないように気をつける。私も、嫌味おばさんが相手だったから勝負を受けたけど、もしこの人が仕掛けてきてたら絶対勝負なんてやらなかった。
───出来れば敵対したくない。普通に死にたくない。
そのぐらい、対面したら殺されるという感覚を、私ですら思うのだから……一応の強者である嫌味おばさんが何も言わず逃げ出したのも、仕方ないことなのかもしれなかった。それぐらい《危険な領域》なのだろうと思う。
「開花、開花ッ!?あんた大丈夫!?
怪我してない!?痛みは??!出血は!??どう!?」
そんなことを考えていた私の元に、一人の女性が駆け寄ってきた。魔女おばさん……カタリナだ。
「ん、肋骨痛い。でも死んでないからワース。勝負も勝ったし大勝利ー」
やってきたカタリナに両目ウィンクする。
正直、もしかしたら骨の一、二本、折れてるかもしれない。
そのぐらい腹部は痛かった。腕も足も痛かった。蹴られたところも大体痛い。関節とか軋んでる気さえした。
……でも勝った。勝ったからそれもどうでも良かった。
だって……
「これで、弱い中隊って言われないね。良かったね、カタリナ」
そう、これでようやく『カタリナ達の中隊』が彼らにとって対等の立場で扱われるのだから。とっても薄い線に、命を賭けてでも殴りあった甲斐があったというものだ。大ワースである。
「……あんた、馬鹿ねぇ。
そんな事しなくても、私は、別に良かったのに」
「そう?でも、わたしは嫌だったから。勝ち取った」
カタリナが馬鹿にされるのも、中隊が馬鹿にされるのも、私が馬鹿にされるのも、許せなかった。
だから、殴り返した。相手は強かったけど、関係ない。私は私の思うままに殴ったのだ。そこに、強さは関係なかった。
「ふ、はは、やっぱりあんたおかしいわね。もう、これから偵察なのに。身体痛めてどうするのよ?」
……んー。そう言われて、私は思案する。
「あー、ほら。五左衛門とかが担いでくれるから。
……たぶん、だいじょうぶ。……大丈夫かな……?」
そういった私に対して、魔女おばさんは呆れたように苦笑していたのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
・第一人類保護区画
『Level上昇による異能の獲得/過去データ』
E.S《telekinesis》───通称『見えざる手』。
意思によって物質を動かす異能。
意思力や深度で動かせる物質の質量は変わる。
使い方によっては悪魔の時空間への干渉波や人間の異能を逸らすことも可能らしい。
E.S《Leg Reinforcement》───通称『第三の足』。
身体の何処かしらから三つ目の足を生やすことの出来る異能。痛覚が無く意外と使い勝手が良いらしく、偵察隊の中では当たりの部類のE.Sとして知られている。
E.S《Pyrokinesis》───通称『爆炎』。
『高潔なる焰の杯』を治めているレイベルフォード家の血筋に多く受け継がれている、白き炎を操る異能。
威力が高く、炎に触れた先から破裂するように燃えていくことから『爆炎』の二つ名で畏怖と共に叫ばれている。




