2605/08/15 15:50『label21︰決闘』
・用語解説
《区役所》
第一人類保護特区において、区役所は市民を管理する重要施設であると共に《偵察隊》のオペレーターとして情報や任務を受け渡しする仕事場でもある。
なので、大体の偵察隊は区役所に一度は足を運ぶことになり、大手であればあるほど公式の任務、区や国からの任務を下ろされることになり、その頻度はどんどん上がっていく事になるだろう。まぁ銀行とかハ〇ワみたいな。そんな施設だと思って貰えれば大丈v!!
「さぁ、何処からでも良いですわよ?
かかって来なさいな……弱くて小さな、お嬢さん?」
手招きするように指先を動かし、口を歪める。
余裕の表情だ。私の事を路傍の小石か何かだと思っているのだろう。完全に舐めきっているのだけは分かった。
「ぜったいに〇す」
「おい、ガキー、話聞いてたかあー?
ルールはステゴロのみ、良いの一発入って一瞬でも気絶して動けなくなった方の負けだっってんだろ!殺すなやバカが!」
私の発言に、そう咎めてくる片刈り上げさん。
どうやら殺してはだめらしい。私ははぁとため息を吐きながら刈り上げの言葉に渋々頷いた。
「開花くーん!気をつけろよー!
一応言っとくが、そいつ強いからー!」
「……アーメン」
「うおー、頑張れ開花嬢〜!!そこそこ応援してるっすよーーー!!!!頑張れー!死なない程度に!!!!」
「いや先輩方、それ応援する気ないですよね?
心配って言うんですよそういうの。負け前提で話しちゃ可愛そうですよ流石にー」
「開花ー!あんた戦闘初めてなんだから、気を付けてやるのよ!?怪我とかしないようにね!?絶対ね───!?」
心配した様子の魔女おばさん。そんな彼女に軽く手を振って思考を回し始める。まずは観察だ。相手の姿を観察する。
立ち姿は隙があるように見える。私のことを舐めきっているからだろう。こぷしも構えずに、口元に手を当ててこちらに嫌味な笑みを向けるままだ。
(だとすると殴りに行くなら口元を触ってる左手側からかな。
そうすれば普通よりも少しは振り下ろす時間が増えるかもしれない。となれば……)
うん、先ずはやってみよう。
私、こういうの初めてだし。当たって砕けろだ。いや、砕こう。徹底的に。
───すぅと息を吐いて呼吸を整える。
そして、身をきゅっと縮めて、静かに、バレないように足に力を込めていく。
「あらあら、そんなに縮こまっちゃってどうしたのぉ?もしかして私が怖くなっちゃったかしら───っははッ!?」
……体の側面を殴られる。
舐めて喋り始めたのを見計らって咄嗟に身を屈め左側の方から肉薄してみたが、見切られてしまった。
脇腹をこっそり抑える。
痛い。苦しい。ガードしてても重い一撃だった。
「ッ……ふぅ。あんまり舐めてると、いつでも殴りに行くので構えてた方がいいですよ。嫌味なおばさん」
「……はっ、そっちだけ殴られといて何イキってるの?
そういうのはちゃんと一発入れてから言って頂戴なぁ、か弱いお嬢さん?」
片方刈り上げに見られないように静かに呼吸をしながら、少しの虚勢を張って息を整える。大丈夫。まだ戦える。
───けれど、さっきの攻撃に見てから反応された事実。アレは良くない。頂けない。
だって私は完全に言葉の合間の虚をついて殴りに行って、その思惑が当たって肉薄にも成功したのに、それを見てから避けて殴られたのだ。
それはつまり能力値に大きな差があるという事であり、私と嫌味おばさんの絶対的な差を示すものだったからだ。
「すぅ……はぁ……」
だから普通にやっていては負けるだろう。
そして、よしんば攻撃を回避し続けて負けなかったとしても、おばさんの顔面をぶん殴ってその後ノックアウトまで行く未来を描くことはできない。
……うーん、どうしようか。戦いってこんな難しいんだ。
学校にいた時の体育の組手とかとは全然違うな。まぁ、それも負け続きだったけど、あの時は身体が追いつかなくて負けた感はあった。赤タグだったし。
でも今回は考えもまとまってるし、それに動けてるし……でも負けてる。なら、どうしようか?
内心で打開策を探しながら、嫌味おばさんの動きを警戒しつつ拳を深く構え、思案する。
「あらあら、考え事かしら……じゃあ。さっき一発分あげたし、そっちが来ないなら私から行くわね?」
「は……?ッう!?」
?
っ?!
「げ、げっほッ、げほっ……!?」
しかし、そんな思案の最中だった。
いきなり、なにかに殴られる。
いや、いま、殴られた???誰に?何に?
……そんなの、当然だ。
目の前でニヤニヤと笑っているおばさんにだ。
「いつ、ここまで来たの」
「そんなの、貴方が考え事してる間によ?」
警戒していた。なのに気がつけば目の前だった。
私はバックステップで距離を取り、今度は考え事なしにおばさんへと集中する。
私もlevel21になって、強くなっている筈だ。だというのにここまでの差があるのは予想外だった。
「食ら、えっ……!」
「あらあら、遅いわねぇ!」「ぐっ……?!」
今度は真正面から。さっきほどではないが、速度のある踏み込みで腹を狙いにいったが手を弾かれる。
そしてそのままカウンターを入れるように私の顔面に拳を叩き込まれる。裏拳だった。頭が揺れるような衝撃が走る。初めての感覚だった。
「はははははっ、情けないわねぇ?弱いわねぇ……?
でも、まだ気絶はしてないでしょう?いっぱーい加減したもの……軽い衝撃だけでしょう、来ているのは、じゃあまだ戦えるわよねぇ?」
「ぐっ!ッ、あっ……!?」
そして、脳が揺れて動けない私に対して。
私が気絶しない程度に弱い力で、髪を掴み離れないようにしながら、何度も何度も腹部を殴打してくる。
マウントポジション?いや、拘束されてるからもっと酷い?そんな殴り方をされて、私は痛みで涙が零れ始める。
「ぐ、い、いた……!」
「痛いわよねぇ?!でも、辞めてあげない、わッ!?
だって貴女、私の"仇"を庇ったものッ、許されざる行為よッ!それはねぇっ!」
殴りながら、衝撃を奥に伝えるように手前で速度をあげるようなやり方だった。多分、痛ぶるやり方だ。確かにこれは痛い。正直、後悔する。
「それで、弱くないなんて吠えるから、何かあるかと思えばっ、弱い弱者が寄り集まってッ、糾弾してッ、本来頭を下げるべきハズの私に楯突くだけの無能でねッ!!」
「ぐっ、あっ、うッ……??」
「最近の偵察隊はっ、これだから弱いのよッ!
どうせ貴女の団が帰ってきたのも、本当はそこそこのっ、強さの悪魔にでも会ってッ、負けて帰ってきたんでしょッ?!!」
「ち、違っ、ほんと、にッ、いっ……!!」
「じゃあッ、なんで帰って来れてるのよぉっ?
そんな嘘までついて、身の程を知るべきだわッ、貴女もっ、貴女の団もッ、カタリナもねッ?!!!!」
突き飛ばされる。
おなかが、痛い。熱い。
「おろっ、あぐぇ…えぐ…!」
中身を吐き出す。涙がこぼれる。
思わず意識を失ってしまいそうになるほど、私は苦しくて、痛くて堪らなくて、諦めかけてしまいそうになる。
「ッリャンさん、止めてください!
あれはもう殴り合いじゃないですッ!私たちが悪かったですから、もう辞めさせて……!!」
「いや、まだだ。ルールは絶対だ。奴は倒れてねぇ」
「そんな、無理よ?!もうあの子、死んじゃうわよ!?」
耳鳴りがする。遠くで片刈り上げとカタリナおばさん、皆の言い争う声が聞こえてくる。
「はははははっ、可笑しい子達ねぇ?
だって、自分たちから楯突いておいて血反吐吐くまで殴られたら辞めてくださいだなんて、認められる訳ないわよねぇ?本当に弱いわね。貴方と、カタリナの居る団はねぇ」
「っ、あ……カタリナ、よわく、な……」
「あら、弱くないって?じゃあひとつ昔話をしてあげるわ?カタリナ、あの子ね、私とは腹違いなのよ。
当時、大隊の副隊長だったのに他所の隊と女と関係を持って、情報漏洩して挙句の果てに娘を残して自殺。
全ての責任を隊に擦り付けて死んだのよ、あいつの父親。ほんと、嫌な男だったわぁ?」
「……」
「で、本元の血筋はその本妻である筈の"私の"お母様だから、あの子は実質この家の子じゃない訳。
……そして、それが取り沙汰されて、私のいる隊は少し前に市政から叩かれた。不祥事だって。
可笑しいわよねえ?あいつのせいで私と、私の隊は苦労する羽目になってるのよ?ねぇ?」
「そして、その数年後───。
その娘であるあいつも逃げ出した。それが、背負わされた責任も果たせないものが、弱いと言わないでなんになると言うのかしらぁ?私にはさっぱり分からないわぁ」
くすくすと嗤う嫌味なおばさん。
その瞳は暗く、私を通して何かを睨みつけるようにして嫌悪感を顕にしているようだった。
……あぁ、なるほど。
私はその顔を見て、理解する。
……勝ち筋は、もう無いと思ってたけど。
───多分、勝負に出るなら、ここだ。
「なるほ、どね。おばさん、嫉妬してるんだ」
まずは核心を突く。嘘でもいい。
相手が思っていなくてもいい。私がそう思っていれば、相手は自然とそっちの方へ考えが傾く。
「……はぁ?貴女、話聞いてた?
私はあいつが隊から逃げ出した弱虫だって言ったのよ?
一体、どこに嫉妬する要素があったのかしら。弱いと話もろくに聞けなくなって」
「『爆炎の魔女』ってあだ名。私でも聞いたことあります。
何でも、爆炎の異能が使えるって。歴代の大隊長さんの異能を極化させた能力だって」
途中で、話を遮る。
それによって嫌味おばさんが少しだけ嫌そうに眉を動かした。人は話してる最中に何か挟まれると嫌な気持ちになる生き物だ。私も嫌だ。だから多分コイツも嫌だと思う。
───だから、ここだ。
ここで、今、コイツがいちばん嫌がりそうな言葉を掛けてあげるんだ。
それは、話しを聞いてれば、結構分かりやすかった。
「……でもそれって。
貴女よりもすごい"特別な才能"で、他にも沢山の異能が使えるカタリナおばさんの、劣化版ですよね?それで嫉妬してるんだ。へぇ……可哀想」
「………………貴女、何様のつもり?死にたいの?」
「いえ、ほんと、可哀想だなって。あんまりいい能力も持たないで、家柄だけで隊長になったら、結構大変そうだなぁって思いました。それだけですけど」
できる限り逆立てる。
弱い部分を突き刺すように、神経を引きちぎる勢いで相手の懐に牙を、刃を差し向ける。
───まぁでも半分は本心だ。
私はあまり思ってないけど、どうやら私の言葉は険があるらしい。少し前にカタリナおばさんに言われた。
ならば、それをそのまま出せばいい。簡単だった。
「大変ですよねぇ、弱いと。
……あぁ、だから他人を下げて自分を大きく魅せておかないと気が済まないんですね。そういう事か」
八歳までの世界教育の時。
そういえば友達ができなかった。
「弱いイヌ程、良く吠えるって。
あれ、旧典の代表的な格言らしいですけど、ホントだったらしいです。昔の人ってすごいなぁ。
本質をすぐ見抜く。状況にぴったりと当てはまる言葉をくれますよね。……あ、この諺、知りませんかね?すみません」
みんな、お前といると面白くないとか言ってどっかにいってしまった。無駄に成績が良かったのもあるのかもしれない。運動はできなかったが、他の誰よりも頭は良かった。
……まぁ、結局その後決まったタグで逆に馬鹿にされ返されたけど。今思えば、相当嫌な子だったのかもしれない。
「やっぱり、ちっぽけな異能一つしか使えないから、身体能力高めてるんですか?隊長としての役割を全うするために。頑張ってますね。すごいなぁ」
「……もう一度聞くわ?貴女、死にたいの?」
「いえ。とんでもない。死にたくないですよ。……まぁでも隊長さん隊長の割には弱いので、多分死にたくても死ねませんけど───?」
「───もう良いわ。貴女、今から殺すわね」
その瞬間だった。
ぞくりという感覚とともに、少し離れた場所にいたおばさんから異様な空気が発せられたことに気がつく。
それは、裏通りを歩いていた時、穴を自然と避けていた時の感覚のような、イヴァンを助けた時の『あ』という気付きの感覚に近い何かのような。
つまり───、それは恐らく『死への恐怖』。
元から持っていた異能のお陰か、はたまた別の何かか、何故か私に備わっていた、生存本能の極地のような所から来ているのであろう『拒否反応』の様なものだった。
「ねぇ、いくわよ。クソガキ。
貴方の言ったちっぽけな異能……とくと味わいなさいな?」
そして、パチン、という音と共に───空中に大きな白炎の火球が生み出される。その動作は、どこか見覚えのある異能の予備動作だったように思う。
「───燃え死ね『爆炎』。」
そして、そんな、全てを燃やし尽くすような業火の塊が打ち出された瞬間。
「今だ」
私はついぞ思い切り地面を踏み込んで、そのまま自らの身を業火の眼前と送り出したのだった。
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