2605/08/02 14:58『label1︰才能』
『……day』
『……ayd…y! Ma─day!』
『……ちらアメリカ、ワシントン州シ…トル!
突如として、都市上空に謎の光の膜が発生……ッ!』
『……して、そこに人が……!
あぁ、街が、全てが吸い込まれていくッ!』
『隣の家も、都市のビル群も!
遠くにみえる峰々も、全て、全て、全てッ……!』
『あぁ、どうか、これを聞いている誰かァッ……!!!
どうか、どうか我らに救いの手を、救済をォッ?────ブツン。』
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───label値 上昇!
───能力ヲ 獲得 シマシタ!
その表示が頭の中に流れてきたのは、私が空間デブリの清掃の仕事をしているときだった。
「……あ、label上がった。
…………え?labelあがった?ほんとに?」
───キィイイイイイン。
目の前に流れてきた空間デブリ。
レーンに載せられてやってくるそれを、片手のペンチでパチンと弾けさせながら、私は一度深呼吸してから目を瞑る。
→Enter.
→to open naver health.
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《health》
・label 1 ・Code 井ノ本 開花 ・ago 14
・Strength 10 ・Agility 13 ・Vitality 12 ・Power 20
S.A
『label possession disorder』
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本当だ。labelが上がってる。
前まで 0 だったlabelが、1という表示に書き換わっていた。
「えー、まじか。
わたし、偵察隊の才能あったんだ……」
───キィイイイイイン。
レーンに流れてきたデブリを砕く。
もはや職業病のように聞き慣れてしまった『空間の歪み』の音を周囲に響かせて、思案する。
さて、これからどうしようか?
レーンの稼働音とその奥から永遠と流れ出てくるデブリの群れを見ながら、私はこれからの身の振り方を考えていた。
ーー
『偵察隊』。
それは現代社会における歪んだ空間を旅する、星の旅人たちと云われるトップスターのような立ち位置の人間たちの事だ。
数百年前、かつてのEarthに存在していた《宇宙》という空間において大規模な《亜空間バブル》の爆発が発生し、世界の法則と境界線は大きくその流れを歪めてしまったらしい。
世界はそのせいで混乱を極め、確立された安全圏から一歩外に踏み出せば《極寒の大地》やら《炎の極点地帯》やら、人間の住める大地は限られたものとなってしまったのだ。
そして、人々は困窮に喘ぎ苦しんだ。
数少ない安定した空間内での領域の確保、どんどん死んでいく労働力に対する人員の誘拐、人口全てに配ることの出来ない食料配給の奪い合い。
───そんな終わりを迎えるばかりだった人間社会の中で、恐れずに歪んだ空間の探査に乗り出し、人類の生存圏を屍の元で広げていった、そんな命知らずな英雄たちがかつてのEarthには存在していたのだ。それが『偵察隊』の始まりである。
その、齢8歳までの《世界教育》。
各教科端末で学んだ知識を何とか思い出して、私は軽く息をついた。
「……よし、これで服装もオーケー。
久しぶりに作業服以外を着たけど、様になってるね。」
自分の立体表示鏡を見ながら、青と橙色のジャケットを羽織った私はむふーと息を巻く。
やはり、私、かわいい。
自慢じゃないけど、私のお母さん譲りの顔立ちの良さは世界基準でも通用するトップスター顔だと思っていた。
こうやって服装をちゃんとすれば、どこに出しても恥ずかしくないぐらいには『偵察隊』向きの顔立ちだなと思っていたのだ。馬鹿にされるから言わなかったけど。
「ふぅ……でも、これで『赤タグ』着けて歩いてても、まぁ殴られはしないぐらいの感じにはなったはず。
前回外に出た時は、そういうの知らなくて青の人にお金献上させられちゃったし。気をつけなきゃ。」
この前は住居変更申請の時だったっけ。
何も知らず近道をしようとして大通りを歩いたら、肩を掴まれて献上する羽目になったんだったか。
───ああ、そうだ。
それで、確か一週間ぐらい『安価固形ペースト』しか買えずに、お腹がすいて飢えて死にかけたのを記憶の奥にしまい込んでいたのを思い出してしまった。
嫌な思い出だった。もう、あんな感情は一生味わいたくない。味的にも思い出的にも、二重の意味で。
「うん……今日は、ちゃんと裏通りを歩いて区役所に向かおうか。
しっかりと整備されてないし、歪みが危ないかもしれないけど、そっちの方が性に合ってるだろうし……私、これから『偵察隊』になるんだしね。大丈夫でしょ」
───そうして、私は数年ぶりに外に出た。
『空間デブリ清掃員』用の社宅扉を押し開けて、父譲りの暗めのバケットハットを目深に被り。
そして、右手首の赤いランプの灯る《管理タグ》を少しだけ隠しながら、道に沿って薄く光る『探索済み電光ライン』の引かれた大通りから横道に逸れて《区役所》の方に向かっていく。
正直、探索済みじゃない道……
《偵察隊》のちゃんとした情報によって整備されてない道だし危ないんだけど、まぁ背に腹はかえられない。
金を献上させられるぐらいならまだ良いけど、他区に誘拐なんてされちゃったら目も当てられないんだから。
それこそ、毎日死ぬような環境で死ぬまで働かされるんだ。
《偵察隊》でも生身では通らないような境界線を、一人で探査輪をつけて走らされるのだ。
───そうなるぐらいなら、裏道を通って"歪み"、空間の横穴、この場合は落とし穴と言った方が良いだろうか。それに足突っ込んで死んだ方が、まだマシである。
「……さて、行こうか。区役所」
という訳で、私は途端に人気が無くなり、一人になった裏道でそんなことを呟きながら区役所への道を早足で駆けて行ったのだった。
ーー
「ついた……区役所。久しぶりだなぁ……」
目の前にある縦に大きな建物。
その、久しぶりに顔を拝んだ無機質な鉄材造りの《第一区役所》を見て、私はあっけらかんとした顔でもって内心驚いていた。
……うん、意外と裏道を歩けてしまった。
本当は三割ぐらいの確率で死ぬかと思ってたけど、何とか不安定な空間の境界線も踏まずに区役所まで辿り着けてしまったのだ。正直、驚きである。
「なんか、空間の歪みが嫌なところがわかる感じがしたというか……直感で避けてたかも?」
これが《label1》の力か?
だとしたらやっぱり凄いなぁ……。
私はそんなことを考えながら、第一区役所の中にある受付管理センター、市民情報科の方へ歩いて行った。
……そして、取り敢えず職員さんを呼んで要件だけ伝えてみることに。
「すみません、情報管理の方居ますか」
「はい!いらっしゃいませ、今回は何の用で───」
「……って、赤タグね。
はいはい。何?どういう要件でここ来たの、アンタ?」
受付の女性が私の方を見て態度を変える。
……まぁ仕方ないだろう。赤タグなんて、話をするのも嫌な人もいるだろうし。
この人はまだ人として話してくれるだけ、マシな方である。
「えっと、職業変更の申請に来ました。
これ、事前記入データです。お願いします」
「はいはい、職業変更ねー。大変だもんねアンタら。
仕事探しに区役所に来ても、大抵回される仕事が《ゴミ拾い》とか《ドブ攫い》とかばっかりでさぁ?」
「……はい、そうですね。なので、変更に来ました。
現職をずっと続けてきて貯金も溜まってきたので、ちょっと冒険しようかと思いまして」
「あーそう。まぁ頑張りなー。
……で?えーと、なになに?現職が『空間デブリ清掃員』で?そこから『フリーランス偵察隊』……に……?……は?」
お姉さんが2度見する。
データ端末の情報を見て、私の顔を確認して、またデータ端末の情報を見て……
そして、ようやくお姉さんの瞳孔が落ち着きを取り戻し広がってきた所で、私に対して肩をがっと掴んできて次の瞬間。
「……こ、ん、な、の、ッ!
受理出来るわけないでしょ!??馬鹿じゃないのあんた!?
赤タグつけて頭まで沸いちゃったの!?有り得ないでしょうがッッッ!???」
お姉さんは目をありえんぐらい見開いて、私に唾が飛ぶぐらいの剣幕で叫び散らしてきたのだ。
……うん、まぁ予想はしてた。
だって私赤タグだし。世間一般からすれば《health》が一定値を切らないと認定されない下級国民なのに、何をトップスターになろうとしてるのかと言う話なのだった。
でも、私はそこを押しのけて、ずいと前にでて受理可能データをお姉さんに押し付ける。
「……でも、事前申請で受理されてるってことは、ルール上は問題ないって事ですよね?
私なら大丈夫なので、お願いします。青様。」
「……いや、だからっ……!
ルールがどうとかこうっていう話じゃなくて!
……あんた、赤タグってことはlabel0でしょ!?なに?自殺願望?仕事面倒くさくなって死ににでもいく訳?!
そんなのに巻き込むの、やめてくれないかしら?!自殺教唆に巻き込むのは私以外にして頂戴ッ……?!」
「いや、青様。
わたしは《label1》ですよ?ほら、この通り。」
そう言って、私はお姉さんの言葉を遮る様にして受付窓口に置いてあった《探査盤》を掴んだ。
───すると、私の《health》が表示され、確かに《label1》であるという動かぬ証拠が私たちの目の前に現れたのだ。
「あ……れ?ほんとね……?
……て事は、戦えるってことだものね……。
そう、なら良いのよ。分かったわ、受理しておくわ。」
先程とは一変したお姉さんの態度。
少しだけ物腰柔らかくなった言葉尻と表情を見て、私は内心で驚きとどきどきが隠せなかった。
───やっぱり、やっぱりだ。
───やっぱり、本当に《label1》になってたんだ。
見間違いとか、勘違いとか、気狂いとか、その瞬間だけだったとかそういうんじゃなく、本当に私は《偵察隊》になる資格があるんだ……!
「はい、これで職業変更登録は完了したから。
三日以内に、すぐに家を引き払って、別の住居か住み込みの出来る《転送船》の職場を探して頂戴ね。
じゃあ私は次の処理してくるから。さっさと行きなさい。ガキンチョ。」
「……はい、ありがとうございました。
……お姉さん、感謝します。」
「はいはい、頑張ってね〜。
出来れば、死なないようにー。じゃあねー」
───少し長めの処理を終えた後。
最初と同じぐらいの態度に戻ったお姉さんが、手を振って見送ってくれる。
いや、しかし、最初とは違って《青様》と言わなくても眉ひとつ動かさなくなった《優しいお姉さん》な受付嬢さん。
そんな彼女に手を振られながら、私は少し驚きながらも区役所を後にしたのだ。
……まさか偵察隊になった途端ここまで対応が変わるとは。すごいなぁ偵察隊。ほんとに、成れて良かったぁ。
「うん、うん。
やっぱりわたしって才能あったんだ。
駆け出し偵察隊、まだ《label》も1だけど、これから頑張ればもっと、もっと……!」
───もっと!
───世界が私を見留めてくれるかもしれない!
「ふふ、ははっ……楽しみだなっ……!」
私はそんな事をつぶさに呟きながら、その日は『空間デブリ処理工場』内にある自室へと帰って行った。
『偵察隊』としての明日からの準備と、この数年住んできた狭い無機質な部屋をすぐにでも引き払うという使命があるからだ。
これからの事はどうなるか分からない。
偵察隊になってすぐ死ぬ人も沢山いるらしい。私もそんな一人かもしれない。
……でも、これからの自分には、少し、少しだけ期待してしまうのは───私の、高望みなのだろうか。
……分からないが、足取りは軽かった。
ーー
・用語解説
《空間デブリ》
空間の歪みによって生み出された、大小様々な光が閉じ込められた石のような形状の謎物質。
現状観賞用以外に使い道はないが、しかし小石サイズ以上の大きさになるとその周辺に歪みを生み出し唐突に弾けるため大変危険である。
そのため、歪みを生み出す前に見つけて壊すことによって処理しなければならないが、壊す際にキィイイイイインという極めて周波数の高い音が鳴り、それは人によっては耐え難いほどの耳鳴りであるらしい事から『空間デブリ清掃員』は忌み嫌われる職業である。
……なので『空間デブリ清掃員』の人間は《赤タグ》の下級住民に任されることが多いとか。大変だね。




