表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/15

第007話ー青になる復讐心

 土曜日の昼。

 空は晴れ渡っていて、蝉が鳴くにはまだ早い季節の風が通る。


「ねえ、龍和くん」


 スマホ越しに、メッセージが届いた。


 以前、SNS系はやっていない言ったのに、しつこく聞いてくるから、仕方なくメールを教えたのだ。

 案の定、一通ごとに料金の発生するメールだが、こうしてよく連絡してくる。


『明日、映画とか行かない?』


 返事を打つ手が、一瞬止まった。


(……来たか)


 昨日の帰り道。

 妙に楽しそうだった行子の顔を思い出す。


 隣で笑っていた。

 とくに意味のない話。

 空の色とか、課題が多すぎるって話とか、物理の問題集が学校指定でクソだとか――


 それだけなのに、なぜか。


(あれが……“楽しかった”って感情だったのか)


 心の中に、ぽつりと湧いた水たまりのような感覚。

 怒りでも、憎しみでもない。

 何も壊されていない。

 ただ、そこにいていいと言われたような時間。


 永和は、ふとスマホの画面を見つめ直した。


「……行くよ」


 自分の指が、勝手に打ち込んでいた。



 日曜日。


 待ち合わせ場所のショッピングモールは、人でにぎわっていた。


 映画館の前。

 行子は白いワンピースに、青いカーディガンという、季節に似合わぬ清楚な装いだった。


「わっ、龍和くん、来てくれてありがと!」


「いや、うん……その、誘ってくれて、ありがとう……だよ」


 慣れない言い回しに、言葉がもつれる。

 笑いそうになった自分を隠すように、口元を手で覆った。


「映画ってこれでいいかな? 爆発いっぱいのアクションだけど……」


「えー最高! 私そういうの大好き!」


 明るく笑った行子の横顔に、また、あの既視感を覚える。


 ハチタ。

 猫の名前。

 記憶のなかの鳴き声が、一瞬だけ耳をよぎった。


(……やめろ)


 今日は復讐を忘れる日じゃない。

 ただのカモフラージュ。

 “村下龍和”を演じる日。

 それだけだ。


 ……そう言い聞かせた。



 映画は楽しかった。

 爆発と銃撃の応酬、空中戦、ドローンのカーチェイス。


 途中で思わず笑ってしまいそうになるシーンが何度もあって、

 隣で行子が「うわっ!」って小声で驚いた時、なぜか嬉しくなった。


(何してんだ、俺)


 だって、いま。

 心が――軽い。


 誰にも家を燃やされていなくて、

 誰にも憎まれていなくて、

 数学以外のテストで赤点を取っていない、

 そんな“普通の高校三年生”の気分だった。


 ……けど、それは幻想だ。



 映画の後、フードコートでパスタを食べながら、行子は言った。


「ねえ、龍和くんってさ。誰かに似てるなって、ずっと思ってたんだけど……やっぱり、違うんだよね」


「誰?」


「昔、同じ中学だった人。村上……永和くん、だったかな」


「……」


「たしか、いじめに遭ってたとか噂になって……ある日、急にいなくなった」


 永和のフォークが止まる。


「……その人が、今も生きてて、どこかでやり直してるといいなって思ってるだけ」


 笑って、サラダに手を伸ばす行子。


「なんでそんな話を?」


「ううん、なんとなく。……あのね、私、数学苦手なんだけどさ」


「うん?」


「この前、龍和くんが黒板に書いた解法。あれ、すごかった。たった数式一個で、全部解けちゃうなんて」


 目が合う。

 たしかに、ちゃんと見ていた。


 永和だけを、見ていた。


(……ばか)


 こんな子に、俺の過去なんて触れさせたくない。

 この手は、もう汚れてる。

 “楽しい”なんて感情を持っちゃいけない。

 これは、罪だ。


 けれど。

 今日は、それでも良かったと思った。



 帰り道。


「また、行こっか。映画」


「……うん。いいよ」


 夕暮れの街に、並んで歩く二人の影が伸びる。


 その影の先に待っているのは、

 復讐か、救いか。


 まだ、誰にも分からない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ