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第006話ーキャットラヴィング

 夕方。

 東高校の下駄箱前、学生たちがぽつぽつと下校していく。


 龍和は、その中に――


「……いた」


 校門の方へ歩く、三人組の男子。


 真ん中で大きな声で笑っているのが、毛受裕太だった。

 いかにも「主役です」と言わんばかりの立ち振る舞い。

 まるで周囲の空気ごと、自分のものだとでも言うように。


「トゥフ……フフ……」


 軽く喉で笑って、龍和は一歩踏み出した。

 いよいよ“あいつ”に、手をかける時がきた。


 だが、


「龍和くん!」


 耳の奥で、明るい声が跳ねた。


 ふと、目の前。

 そこには、肩までの黒髪を揺らし、鞄を両手で握った一人の女子がいた。


 岩田行子いわた ゆきこ


 隣のクラスの女の子。

 話すのはこれが初めてではない。

 たしか、最初は廊下で落としたプリントを拾ってやった時。


「良かったら、一緒に帰らない??」


「え、いや……ちょっと今日は……」


「それ、前も言ってたよ」


 じっと見上げてくる。

 まっすぐな瞳。

 屈託のない口調。


「先週の今日は普通に帰ってたし……もしかして、私のこと、避けてる?」


「いやいや、そんなんじゃなくて……」


 軽く笑って誤魔化すつもりだったが――

 視線が揺れた。


(……しまった)


 さっきまで目の前にいたはずの毛受が、

 すでに校門の方で他の男子たちと合流していた。


 遠ざかっていく。

 声も、足音も、彼の存在そのものが、手の届かない場所へ。


 普段なら、こんな“お誘い”にはもっと冷静に断れていた。


 だが、行子には――どうしても、強く出られない。


 なぜか。


 彼女の仕草が。


 目線が。


 言葉の間が。


 そして何より――香りが。


(……似てるんだよ、お前)


 昔、家で飼っていた猫に。


 ハチタという名前の、雑種の猫。

 毛が少しカールしていて、喉を鳴らす音がやたらと大きくて。

 いつもソファの上で、じっと俺の膝を狙っていた。


 あの日――家が燃えた日。

 火の中で、逃げ場を失ったハチタは、最後までドアの前で俺を待っていた。


 あの目を、今でも覚えている。


 その“あの目”を――


 行子がするのだ。

 上目使いで、ほんの少しだけ首をかしげる、その角度。

 歩くときに肩を揺らす、その無意識なリズム。


(……やめろって)


 猫に似てるからって、優しくする理由になんてならない。

 この世界は復讐のためにある。

 それ以外の“情”なんて、必要ない。


 なのに。


「……分かった、一緒に帰ろう」


 その一言を、どうしてか、口が勝手に言っていた。


「ほんと!? やったー!」


 小さく跳ねるように笑った行子に、龍和は戸惑いを隠せなかった。

 毛受が遠ざかっていくのを見ながら、思った。


(……仕方ない。今日のところは、諦めてやるか)


 人に優しくするということが、

 こんなにも“過去の自分”を思い出させるなんて――


 龍和は、再び心の奥に冷たい氷を落とした。



 そして夜。

 部屋の窓を開けて、風の音だけが響いていた。


 机の上に、毛受裕太のSNSのプリントアウト。

 投稿、交友関係、位置情報のログ。


 龍和はそれらを指先でなぞる。


 焦ることはない。

 あいつは、逃げられない。


 これは、“罪を着せた代償”だ。


「……明日は、話しかけてもらっても無視しよう。猫に似てるからって、ダメだぞ、俺」


 ぽつりとそう言って、空になった水のペットボトルを潰した。

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