第002話ー再来の豪炎
朝のHR前。
ガヤガヤとした教室に、甲高い笑い声が響いていた。
「なー、マジでさぁ、永和のやつ、あれでメンタル壊れたんじゃね?」
「トゥフフフフッ、とか言ってたくせにな。あいつ、マジでおもちゃとしては優秀だったよなー」
「おもちゃって言い方……でもわかるわー、それな」
毛受裕太が机に足を乗せ、ドヤ顔で笑っていた。
その横には成田也厚がペンを鼻に乗せながら、子供のようにキャッキャと笑っていた。
そして石井助理は、教科書を開いているふりをしながら、スマホで何かを検索していた。
「結局さー、あいつ、密告者扱いされたあとから、すっかりイっちゃってたじゃん。うちのクラス、これでやっと平和になったよな」
「いやー、それにしてもマジでちょっといじめたぐらいで退学級って、やわすぎでしょ」
「デブって基本、脂肪と一緒にプライドも詰まってるから、燃えやすいんだろ」
「言い方よ! けどさぁ……ぶっちゃけ今、つまんねぇよなー」
「それな。あいつのリアクションが一番おもろかった」
「もうちょい壊してから消えてほしかったよなぁ」
石井の言葉に、全員がまた笑う。
周囲の生徒たちは、その輪に入ることもせず、ただ距離を取って笑うフリだけしていた。
◇
「おいお前ら、今日、転校生来るらしいぞ」
誰かが放った一言に、教室がざわめいた。
進学校である東高校には珍しい転校生。しかも三年のこの時期に、である。
「へー、男? 女?」
「男らしいよー。なんか親の都合で海外から帰ってきたんだって」
「は? 陽キャ? 陰キャ? 体育会系? 草食系? 肉食系? 」
「さあな。でも結構イケメンらしいぜ?」
「はー……期待しとこっかな。つまんねぇ空気、変えてくれりゃいいけど」
「ま、どうせネタになるだけのやつだろ」
毛受がつまらなそうに言ったとき、担任の声が教室に響いた。
「おい、お前ら席つけー。朝のHR始めるぞー。転校生、連れてきたからな」
その声に、教室の空気が一瞬ぴりついた。
ドアが開く。
そこに立っていたのは──
「う……わ……」
「え、でか……え、ガチでイケメン……」
女子たちの声が、教室のあちこちでさざ波のように湧いた。
背が高い。
それもただの高身長ではなく、しっかりとした筋肉が肩から胸にかけて浮き出ている。
制服の下でも、鍛えられた体が隠しきれない。
顔は、優しい。
輪郭はやや丸く、柔らかい雰囲気を纏っているのに、瞳はなぜか鋭く、奥底が凍てついているようだった。
「皆さん、初めまして」
その男は、ゆっくりと一礼した。
「こんにちは。僕は村下龍和です」
静かで、落ち着いた声。
だがその声には、何の感情もなかった。
「訳あってこの時期に転校してきましたが、どうぞよろしくお願いします」
「よ、よろしくおねがいしまぁす!!」
女子のひとりが我に返り、慌てて返事する。
それにつられて他の生徒も挨拶を返し始めた。
「……よし、それじゃあ空いてる席に……そうだな、村下は窓際、永和が使ってた席がちょうど空いてるな」
毛受がピクリと反応した。
その視線を無視して、村下龍和はゆっくりと歩き出す。
教室の真ん中を、静かに、そして堂々と。
まるで、獲物の群れに向かって真っ直ぐ歩く、狩人のようだった。
◇
彼の背中には、微かに焼け焦げた布の匂いがあった。
それは、香水や体臭とはまた違う、何故だか、そんな匂いがしてくる気がするのだ。
村下龍和は、席につくと、静かに前を見据えた。
その瞳には、どこにも光がなかった。
代わりに、深い闇があった。
張り付けた笑顔の裏で、彼の中の“何か”が、静かに口角を吊り上げる。
「トゥフフフフ……」
唇がかすかに動いた。
それは──誰にも聞こえない、地獄からの再会の挨拶だった。