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第014話ー希望の復讐

 夜風が止んでいた。


 屋上という閉ざされた空間の中で、二人だけの時間が流れる。


 毛受裕太が口元に不敵な笑みを浮かべる。

 その瞳は冷たく、誰も信じず、何も許さない色をしていた。


「結局、こうなるんだな……永和。 お前は、俺を殺すために戻ってきた」


 俺は答えない。

 ただ、呼吸を整え、握った拳を再び構える。


「……違う。俺は、お前を“止めるため”に戻ってきた」


「は、何が違うんだよ。止める? お前、何言ってんの?」


「俺はもう、お前みたいな奴を“殺す”ための化け物にはならない。 でも……お前を“生かしたまま許す”ほど、優しくもない」


 俺の言葉に、毛受は鼻で笑った。


「そうかよ。 相変わらず甘っちょろいな、村上永和。 ……いや、今は“龍和”だったか」


 名前を呼ばれた瞬間、胸の奥がぐらりと揺れた。

 復讐のために被った仮面の名、それを毛受に知られていたことが、妙に悔しい。


「お前は昔からそうだった。 クラスでイジられてる奴がいても、見て見ぬふり。 でも裏ではノート見せたり、プリントまとめてやったり。 バレないように、“いい人”ぶってただけの臆病者だった」


「……そうかもな」


「そうに決まってんだよ。 お前はずっとそうやって“見ないフリ”をしてきた。 だから焼いてやったんだ。全部。 お前の“優しさ”も、“家族”も……俺の手で」


 胸の奥に、熱い怒りが込み上げる。


 だが、俺はその感情を拳に込め、無言で踏み出した。


 毛受も動く。


 二人が激突する。


 拳と拳、膝と膝。

 金属音のような打撃が、夜の空気を震わせる。


 ──速い。


 毛受の動きは、以前より遥かに鋭い。

 身体を鍛えていた。力も、技も、明らかに“俺を殺すため”に磨かれていた。


「お前さ、俺を止めるって言ってたよな」


 殴られながら、毛受は笑った。


「じゃあなんで、まだそんな目で見てるんだよ。 “本当は殺したくない”とか思ってる顔、してんじゃねぇか……!」


「……お前を、許せない。 でも……」


「でも?」


「殺したくないんだよ。 俺は、あの日のお前を知ってる。 笑って、遊んで、俺の家でゲームしてたお前を……!」


 毛受の拳が、一瞬止まる。


「……ふざけんなよ……」


 低い、抑えた声だった。


「何を今さら……何をっ……!」


 怒りの連打が、俺の身体を叩く。


 肋骨がきしむ。

 血が口の端から溢れる。


 でも俺は、拳を下ろさない。


 それは、彼がまだ“人間”であると信じたいからだ。


「お前が……人間だったから……俺はっ……!」


「黙れえええええええッ!!」


 絶叫と共に、毛受の膝蹴りが腹に突き刺さった。


 意識が飛びかける。

 景色が黒く染まりかけた、その時──


 ふと、行子の笑顔が頭に浮かんだ。


『私、龍和くんみたいな人、好きだよ』


 ……そうだ。


 俺はあの時、復讐を終えたかったんじゃない。


 “あの笑顔”を、もう誰にも壊させたくなかったんだ。


 ガッ……!


 意識を引き戻し、俺は毛受の手首を掴んだ。


「これが……最後だッッ!!」


 全身全霊の渾身の右ストレート。


 その一撃は、毛受裕太の顔面を真正面から捉えた。


 ぐらり、と身体が傾き──


 毛受は、膝から崩れ落ちた。


 屋上には、風の音だけが戻っていた。



「……殺さねぇのかよ」


 毛受が、吐き出すように呟いた。


 俺はゆっくりと立ち上がり、血まみれの拳を見下ろす。


「殺しても、何も戻らない」


 ポツリと呟いた俺に、毛受は一瞬だけ目を見開いた。


「俺は、復讐のために生きてきた。でも、それだけじゃなかった。 ……行子が、それを思い出させてくれた」


「……岩田?」


「ああ。 俺の“今”のために、もうお前らを許すわけにはいかねぇ。 でも……殺して終わり、なんて、もうそんなもんじゃねぇんだよ」


 立ち上がった俺は、携帯を取り出した。


 録音はされていた。

 毛受が自ら、家族を焼いたと語ったその声も。


 ようやく、この長い夜が終わる。



 一週間後、毛受裕太、石井助理、成田也厚の三名は、傷害・放火・殺人未遂の容疑で逮捕された。


 テレビでも報じられ、SNSでも話題になった。

 だが、俺の名が出ることはなかった。


 俺はもう“復讐者”じゃない。



 病室。


 行子が、まだ白い包帯を巻いたまま、俺に微笑んだ。


「……終わったの?」


「ああ。終わった」


「じゃあ、これからは……普通の高校生に戻れる?」


「……いや」


「え?」


 俺は笑った。


「今さら“普通”は無理だよ。でもさ、普通じゃなくても、“幸せ”は作れると思う」


 行子は、少し考えてから、小さく笑った。


「そっか……じゃあ、その“幸せ”、一緒に作ってみる?」


 窓から差し込む陽光が、彼女の笑顔を照らす。


 もう、あの夜には戻らない。


 復讐の物語は終わった。


 ここから始まるのは、“希望”の物語だ。


 俺の人生は、ここからだ。

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