第012話ー地獄の火蓋
いつもより遅くなった学校。
夕暮れの空は、まるで火事の残り香のように赤かった。
その屋上で、俺はひとり立っていた。
目の前にいるのは、毛受裕太。
そして、両脇には成田也厚と石井助理。
あの夜、行子を襲った三人──“家族を殺した三人”だ。
「……ずっと、気づいてたんだろ? 俺の正体」
「気づいてたさ。お前の目、そっくりだったからな。昔の“あいつ”にな」
毛受が言う“あいつ”とは、他でもない──俺、村上永和のこと。
「でも、信じられなかったんだ。
まさかあんだけグチャグチャになって焼けたやつが、生きて戻ってくるなんてよ」
「戻ったさ。地獄から、全部を殺すためにな」
俺はポケットから拳を握った。
だが、その直後。
──バッ。
何かが横から飛んできた。
もろに左肩に衝撃が走る。とっさにかわそうとしたが、遅かった。
「いってぇなコラァ!」
成田也厚だ。何か鉄の棒のようなものを投げつけてきやがった。
「先に手出したの、お前だぜ? 証拠もこれでバッチリだ。なぁ、助理!」
「もちろん録画してる。
“転校生が突然、暴力を振るってきた”ってことで、警察にでも見せようか?」
石井助理が、スマホをかざしてにやついていた。
やっぱり、こいつら……最初から、全部仕組んでやがった。
「……最低だな」
「ありがと。褒め言葉として受け取っとくよ」
背後に気を取られた一瞬。
次の瞬間には、毛受の拳が俺の腹にめり込んでいた。
「ぐっ……は……!」
苦しい。
肺に入った空気が全部押し出された。膝が折れる。
立ち上がろうとしたが、也厚が足を蹴りつける。
「なにヒーローぶってんだよ、クソ転校生が」
「お前の人生なんて、誰も気にしてねぇよ」
「正義ごっこもここで終わりだな、永和。──あ、いや、“龍和”だったっけ?」
助理がわざとらしく笑う。
俺は倒れたまま、血の混じった唾を吐き捨てた。
わかってる。
俺ひとりで三人に勝てるほど、甘い相手じゃない。
今の俺はただの高校生だ。
魔法もなければ、武器も持っていない。
それでも──
「……来いよ。殺してみろよ」
「おう、望みどおり!」
也厚がさらに蹴りを入れてきた。
右腕を庇ったが、鈍い音とともに痛みが走る。
骨にひびが入ったかもしれない。
「てめえが死んだって、誰も気にしねぇ」
「また火でもつけて、誰かのせいにしとけばいい」
「生きて帰れると思うなよ、永和ァ!」
あの夜と同じだ。
また、無力な俺は倒されるのか。
また、大切な人を守れないのか──
いや、違う。
俺は、あの時の俺じゃない。
もう逃げない。
もう負けない。
たとえこの手で、自分の手を血で染めることになっても──
守りたいものがある。
岩田行子が、俺に教えてくれた“人間らしさ”を、失いたくないから。
だから、
「……まだ、終わってねぇ」
ゆっくりと、立ち上がる。
「はぁ? 何言ってんだお前」
「なぁ、毛受。てめえ、覚えてるか?
“どこででも寝れる体質って、すげーよな”って。俺のこと、笑って言ってたよな」
「……なんの話だよ」
「俺、あの時お前らの話、ぜんぶ聞いてたんだ。
廊下の物陰で、小さく丸まって……
お前が“次は火つけようぜ”って言った声、忘れもしねぇ」
毛受の顔が、わずかに強張る。
「もう、逃がさねぇよ」
拳を握った。
次の戦いは、きっと地獄のようになる。
でもそれでいい。
俺がここで負けたら──
“あの夜”に殺された家族の命が、無意味になる。
だから、次は絶対に倒す。
この世界に正義なんてなくても。
俺の正義だけは、この拳で貫いてみせる。