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第010話ー非道による再熱

 誰が言ったのかは分からなかった。

 何人かの生徒が教室の後方で、ひそひそと話している。


「ーー聞いたか? 隣のクラスの岩田って子、昨日誰かに襲われて、入院してるんだって」


「え、マジ? あの岩田? 何で?」


「知らないけど、夜に……一人でいたときに、誰かにやられたらしい。

 顔も体もひどくやられて……誰か、恨みでもあったのかな」


 その言葉が耳に届いた瞬間、俺の時間は止まった。


「……は?」


 喉の奥が、キュッと締まるような感覚。

 息が苦しい。


 理解できない、なんて言うつもりはない。

 俺はもう、そんなに“鈍感”な人間じゃない。


 誰がやったかなんて──


 決まってるだろ。



 昼休み。屋上。

 誰もいない空間で、風が制服を揺らす。


 俺は、一人でベンチに座り、握り拳を膝に置いていた。


 左手が、震えていた。

 歯を食いしばっても、止まらない。


 右目が、熱い。

 涙じゃない。怒りだった。


(行子が……)


 俺が、初めて“普通の幸せ”に触れようとした。

 あの火事の夜以降、初めて、誰かを守りたいと願った。


 それが──


 こんなふうに、踏みにじられるのか?


「ふざけんなよ……」


 声が、掠れる。


 でも、もう止まらなかった。


「俺が……どんな気持ちで、毎日学校に来てると思ってんだよ」


 口が、震えている。


「もうやめよう、って思ったんだよ……!!

 忘れて、何もかも、燃えたあの日のことも、家族のことも、ハチタのことも、あいつらの顔も……全部!!」


 ベンチの背もたれを拳で殴る。

 鈍い音。拳が裂ける。血がにじむ。


「でも……でもさ……」


 俺の中に、何かが戻ってくる。


 泥のような黒い感情。

 それでも、しっかりとした輪郭を持った、俺の“芯”。


 怒り。

 憎しみ。

 復讐。


 この感情だけは、何度押し潰そうとしても、消えなかった。


「やっぱり……駄目だわ」


 ゆっくりと立ち上がる。


 背筋を伸ばす。

 目を細める。


 風が吹いた。


 あの夜、俺の家が炎に包まれた時のような、熱を孕んだ風。


「赦す理由なんか、ひとつもなかったんだよ。最初から」


 教室で俺の椅子に画鋲を置いたのも、

 靴を水で濡らして笑ってたのも、

 放課後に襲ってきて、平気で人の頭を蹴ってきたのも──


 全部、笑って、俺の人生を壊してきた奴らだ。


「俺は……赦さない」


 睨む。

 その先にいるのは、毛受裕太。

 その中心にいる、あの“無表情の男”。


「毛受……お前だけは、最後まで逃がさない」


 制服のポケットの奥、硬質な金属の感触。

 行子を守るために、過去の自分を越えるために、

 俺は、今日からまた、“龍和”になる。


 今度こそ、誰にも邪魔はさせない。



 教室へ戻る途中、

 廊下の端にある大きな窓から、校庭が見えた。


 太陽が傾き始める。

 影が長くなる。


 その中に、三人──いや、四人。

 何か話している毛受たちの姿が見えた。


 俺は、笑った。


「トゥフフフ……」


 あのふざけた笑いが自然にこぼれた。


 いいぜ。やってやる。


 俺の復讐は、ここからが本番だ。

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