第7話:策士、ギャルゲーに挑む
※本作は「全知スキル×逃亡聖女×恋愛攻略」な異世界転移ファンタジー!
第一部完
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▼前回のあらすじ:
俺たちは最初の目的地・自由都市リンドブルムを目指し、共に旅立つ約束を交わした。
第7話:策士、ギャルゲーに挑む
洞窟の中では、パチパチと心地よく爆ぜる焚火を挟んで、俺とルナリアは向かい合っていた。
夕食は、その日獲れたばかりの新鮮な肉で作った串焼きだ。肉は美味い。火の温もりも心地いい。
だが、問題があった。
(……会話が、ねえ……!)
食事が始まってから十分ほど、俺たちの間に交わされた言葉は「……美味いな」「……美味しい、です」の二言だけ。
気まずい。気まずすぎる!
何か話さなければ。そう思うものの、何を話せばいいのか、皆目見当もつかない。
(やばい、またこの雰囲気か……! 追手や今後の計画みたいな真面目な話は、休んでる彼女にすべきじゃない。かといって雑談……? 無理無理! 俺に雑談なんて高尚なスキルが備わってるわけないだろ!)
俺の脳内は、まさにパニック状態だった。
(男子校育ちの俺に、女の子が喜ぶような話題を提供しろって言う方が無理な相談なんだよ! ファッションか? 恋愛か? スイーツか? 分かるわけねえだろ! 中学の時、女子グループから「相川きもっ」って言われて以来、俺の辞書に女子との会話って文字はねえんだよ!)
万策尽きた。もう、神に……いや、この世界の神より頼りになる、俺だけの相棒に祈るしかない。
(助けてくれ……【全知解析】様ぁぁぁっ! ルナリアとの会話を弾ませるための、当たり障りのない、それでいて好感度の上がる最高の話題を教えてくださいお願いしますぅっ!)
俺の悲痛なまでの祈りに、万能のスキルは、極めて冷静に、そして的確に応えてくれた。
《対ルナリア:会話選択肢モードを起動。好感度上昇が期待できる選択肢を提示します》
(キタァァァァァ! これだよ! 俺が求めていた力は!)
まさに、ギャルゲーの攻略サイト。俺が内心で狂喜乱舞していると、ルナリアが、うっとりとした表情で串焼きを頬張りながら、話しかけてきた。
「このお肉、とても美味しいです。カケルさんは本当にすごいですね。狩りも、お料理もできて……」
その言葉をトリガーに、俺の脳内に、神々しい光を放つウィンドウがポップアップした。
> LUNARIA: 「カケルさんは本当にすごいですね」
>
> 【Response Choice】
> 1. これくらい当然だ。君を守るって決めたからな [好感度UP]
> 2. いや、運が良かっただけだよ [好感度 微増]
> 3. ルナリアのためなら、これくらい頑張れるさ [好感度 大UP]
> 4. まあな! 俺にかかれば、ウサギの一匹や二匹! [好感度DOWN]
(……選択肢3が金色に輝いてやがる……!)
俺は、もはや何の迷いもなかった。少しだけ照れたように、しかし、できるだけ自然な声色を意識して、その言葉を口にする。
「ルナリアのためなら、これくらい頑張れるさ」
その瞬間、ルナリアは「えっ」と息を呑み、その顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。
「……! あ、ありがとう、ございます……」
彼女は、それ以上、俺の顔を直視できない、とでも言うように、うつむいて串焼きの肉をちまちまとついばみ始めた。
そして、俺の脳内には、高らかに勝利を告げるシステム音声が響き渡る。
《ルナリアの好感度が上昇しました》
(やった……! やったぞ! 女の子との会話ってこんなに楽しいのか!? 何か言ったら「相川きもっ」で終わるのが俺の日常だったのに、嘘みたいだ……!)
過去のトラウマを払拭する、この最高の成功体験。俺は追撃の手を緩めない。
「そういえば、前に少しだけ口ずさんでたろ。歌、好きなのか?」
俺がそう切り出すと、ルナリアは「は、はい」と、まだ少し頬を赤らめたまま、こくりと頷いた。
その反応をトリガーとして、俺の脳内には、再び必勝の選択肢が提示される。
> CONTEXT: 彼女の趣味である「歌」について話している。
>
> 【Response Choice】
> 1. 俺も音楽は好きだ。君の歌、いつか聞いてみたいな [好感度 大UP]
> 2. 聖歌って、どんな感じなんだ? [好感度 微増]
> 3. その『歌えない』っての、やっぱり気になるな [好感度 大DOWN]
(これだ……!)
俺は、またしても金色に輝いて見える選択肢1を、寸分の狂いもなく選び取った。
「俺も音楽は好きだ。君の歌、いつか聞いてみたいな」
その言葉に、ルナリアは息を呑み、紫色の瞳を大きく、大きく見開いた。彼女が一番諦めていたであろう未来。それを、俺が当たり前のように口にしたからだ。
「……わたくしの、歌を……?」
彼女は、信じられない、といったように呟く。その表情に、一瞬だけ、深い悲しみの色がよぎった。
「……もう、わたくしには、歌う資格なんて……」
だが、俺の真剣な眼差しに嘘がないと分かると、その表情は、決意と、そして今まで見せたことのないほどの、切ないほどの美しい笑顔に変わった。
「……はい。いつか……この追っ手から逃れて、平穏な日々が戻ったら。その時は、必ず……カケルさんに、聞いて、いただきたいです」
それは、二人にとっての、初めての「約束」だった。
《ルナリアとの間に、新たな約束が結ばれました。好感度が大幅に上昇しました》
俺は畳み掛ける。この勢いのまま、さらに彼女の心に踏み込むのだ。
「君の歌も気になるけど、君がいた国のことも、もっと知りたいな」
俺がスキルに示された最適解を繰り出すと、彼女は嬉しそうに故郷の話を始めた。
「わたくしの故郷、アステル王国は、とても美しい国です。特に、年に一度の『銀月祭』は、王都中が銀色の灯籠で飾られて……空には、本物の月と、人々の願いを乗せた無数の光が昇っていくのです」
「へえ……銀月祭か。綺麗そうだな」
楽しそうに故郷の話をする彼女の姿を見て、俺の口から、ほとんど無意識に言葉がこぼれそうになる。
(銀月祭か。いつか、君と一緒に行けるといいな……)
――いや、待て! さすがに調子に乗りすぎか? デートの誘いだぞ、これ! 「相川きもっ」案件、再来の悪寒が背筋を走る!
俺は、震える心で、万能のスキルに最終判断を仰いだ。
> 【発言影響予測】
> 対象セリフ:「銀月祭か。いつか、君と一緒に行けるといいな」
>
> 予測結果:`好感度:大UP(未来の共有、希望)`
> 特記事項:`現在の対象の精神状態において、この発言は『下心のある誘い』とは解釈されません。むしろ、『自分の故郷と文化を肯定され、共に取り戻すことを約束された』と認識し、強い希望を抱く可能性が極めて高いです。実行を強く推奨します。`
(……スキル様、俺の心、見透かしすぎだろ……)
お墨付きを得た俺に、もう迷いはない。
「銀月祭か。いつか、君と一緒に行けるといいな」
その言葉に、ルナリアの瞳から、ぽろり、ぽろりと、希望に満ちた温かい涙がこぼれ落ちた。燃え盛る焚火の光が、彼女の涙に濡れた紫色の瞳にキラキラと反射して、まるで宝石そのものが溶け出しているかのようだった。
「……はい……! はいっ……!」
彼女は、何度も、何度も、強く頷く。
「約束、ですわ。いつか必ず……カケルさんと一緒に……!」
《ルナリアとの間に、未来への約束が結ばれました。対象との絆が、より強固なものになりました》
◇
その夜、俺はなかなか寝付けずにいた。
隣では、ルナリアが穏やかな寝息を立てている。今日の出来事が、よほど嬉しかったのだろう。その寝顔は、出会った頃とは比べ物にならないほど、安らかだ。
彼女の笑顔、交わした約束、その一つ一つを思い出し、胸が温かくなる。
だが、その温かさとは裏腹に、俺の頭は冷徹に現実を分析していた。
(自由都市リンドブルム……北北西へ、300キロ……)
徒歩で300キロ。道もなければ、安全の保証もない森の中を、プロの『神殿騎士』から逃げながら。一体、何十日かかる? その間、俺たちは生き延びられるのか?
(それに、ヴォルカン辺境伯……)
ルナリアは彼を「信頼できる方」と言っていた。だが、俺のスキルが示したのは、少し違うニュアンスの情報だ。
『シルヴァリーア公のやり方に必ずしも全面的に賛同しているわけではない』
つまり、100%の味方とは限らない。最悪、追っ手に引き渡される可能性だってゼロじゃない。
考えうる限り、最善手を打っていくしかない。
俺の武器は、この【全知解析】による情報アドバンテージ。
この笑顔を、この約束を、守り抜く。そのために、俺は策を弄し、時には嘘さえもつく。
この力で、必ず……。
俺は、燃え尽きかけた焚火の赤い光を見つめながら、静かに、そして固く、そう誓った。