第6話:銀月の亡命者と最初の約束
※本作は「全知スキル×逃亡聖女×恋愛攻略」な異世界転移ファンタジー!
第一部完
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▼前回のあらすじ:
不器用ながらも共同生活を始めた俺たちは、少しずつ信頼を育んでいく。
洞窟の中には、パチパチと薪がはぜる音と、二人の穏やかな呼吸の音だけが響いていた。
ホーンラビットのスープは、俺たちの冷えた体を芯から温めてくれた。ルナリアの頬には、出会った頃には考えられなかったほどの血の気が戻っている。彼女が時折見せる穏やかな笑顔に、俺は自分の行動が間違っていなかったと、確かな手応えを感じていた。
だが、同時に理解していた。
彼女の笑顔の裏に潜む、深い影の存在を。「歌えない」と悲しげに微笑んだ、あの表情を。
仲間、なんて偉そうなことを言った手前、彼女が一人で抱え込んでいる荷物を、俺も一緒に背負わなければならない。
俺は、意を決して、慎重に言葉を選びながら口を開いた。
「なあ、ルナリア。……もし、辛いなら無理にとは言わないんだが、君、どうしてあんな森の真ん中で、一人で倒れてたんだ? 何かに追われていたように見えたけど……」
その言葉に、彼女の肩が小さく、しかしはっきりと跳ねた。
表情から笑顔が消え、再び悲しげな色が浮かぶ。だが、俺が本気で心配していることを感じ取ってくれたのだろう。俺の目をじっと見つめ返すと、少しの逡巡の後、ぽつり、ぽつりと語り始めた。
「……わたくしは……訳あって、故郷から、逃げてきたのです」
「故郷から?」
「はい。家の……いえ、国のごたごたに巻き込まれまして。わたくしの命を、……立場を、快く思わない者たちがいるのです」
彼女の声は、震えていた。
「追われてるってことか? いったい、どんな連中に?」
「彼らは……『神殿騎士』を名乗る者たちです」
「神殿騎士!?」
俺は思わず声を上げた。
(神殿騎士!? ゲームじゃ聖職者とか王族を守るエリート中のエリートじゃねえか!なんでそんな連中から追われる羽目になってんだよ!? 正義の味方じゃねえのかよ!)
俺のゲーム知識が、目の前の現実によってガラガラと音を立てて崩れていく。
俺の反応に、彼女はこくりと頷く。
「……彼らは、目的のためなら手段を選ばない……冷酷な人たちです。わたくしは……シルヴァリーア公爵家の者、なのですが……」
「こ、公爵家!?」
俺の思考は、その瞬間、完全にフリーズした。
……いや、フリーズを通り越して、CPUが焼き切れる寸前のノートパソコンみたいに、けたたましい警告音を脳内に響かせながら暴走を始めた。
(こ、こ、こ、公爵令嬢ぅううう!? はぁ!? マジで!? あの、清楚で可憐で儚げで、俺が助けたこの美少女が!?)
(ってことはだ! 俺があの時、助けるためとはいえ、口移しでチョコレートを食わせた相手は、公爵家の令嬢様ってことになるのか!?)
(それって、万死に値する不敬罪ってやつじゃないのか!? 打ち首!? ギロチン!? この世界にギロチンあんの!?)
(待て待て待て、落ち着け俺! 冷静になれ! 俺は命の恩人だぞ! 功七罪三くらいで執行猶予つかねえか!? いや貴族社会の理屈は知らん!)
(そうだ!こういう時こそ我が友、【全知解析】! この世界の『不敬罪』の量刑を大至急検索! 急げ! 俺の命がかかってるんだ!)
《検索対象:不敬罪。……検索結果:0件。該当する法律は、現行のアステル王国法に存在しません》
(ねえのかよ! 紛らわしい! ……いや、でも法律に無くても貴族様の裁量一つでどうにでもなるのがファンタジーの世界ってもんだろ! 全然油断できねえ!)
「……カケルさん? あの、お顔の色が真っ青ですが……」
ルナリアが、心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「い、いや、なんでもない! ちょっと故郷の身分制度の厳しさについて思いを馳せてただけだ! 気にするな!」
俺は必死に笑顔を取り繕う。心臓は、まだバクバクと暴れている。
彼女は、そんな俺の内心のパニックなど知る由もなく、懸命に言葉を続けた。
「わが国は今、王位を巡って国内が二つに割れておりまして……わたくしの家は、その片方の派閥に属しております。敵対する派閥が、わたくしたちの力を削ぐために……家の血を引くわたくしを、狙っているのです」
「森の中で、その追っ手に……見つかってしまい……。必死に、必死に逃げているうちに、気がついたら、あなたの前に……」
そう言って、彼女は悔しそうに俯いた。
話してくれた内容は、断片的だが、その深刻さは十分に伝わってきた。
俺は、彼女にただ同情するだけじゃない。彼女と、この先生きのこるための、「仲間」として、次の一手を示す必要があった。
「そっか……。大変だったんだな」
俺は、まず彼女の告白を受け止める。そして、絶望の中にいる彼女に、光を示すために問いかけた。
「なあ、ルナリア。ただ逃げてるだけじゃ、いつか捕まる。君としては、どこか目指したい場所とか、頼れる人はいないのか?」
俺の問いに、彼女はハッと顔を上げた。
その瞳に、初めて明確な希望の光が宿る。
「……はい。一人だけ、心当たりがおります。国境に近い、自由都市リンドブルムを治める、ヴォルカン辺境伯です」
「ヴォルカン辺境伯……」
俺は即座に、その名前を【全知解析】にかけた。
《人名:グスタフ・フォン・ヴォルカン。概要:リンドブルムの領主。叩き上げの武人であり、豪放磊落な性格で知られる。第一王子派。シルヴァリーア公とは長年の盟友関係にあるが、彼の強引なやり方には度々苦言を呈しており、全面的に賛同しているわけではない、という評価も》
(うわっ、やっぱり100%安泰の味方ってわけじゃねえのか…。むしろ、親父さんのやり方次第じゃ、俺たちを突き出す可能性もゼロじゃない、と…)
俺の背筋に、わずかに冷たいものが走る。
だが、ルナリアは、そんな俺の内心を知らず、希望に満ちた声で続けた。
「はい。彼は、父の古くからの盟友であり、義に厚い、信頼できる方だと聞いております。父のように……力で全てを解決するような方ではないと、わたくしは信じております。彼のもとへたどり着くことさえできれば、きっと……」
そう語る彼女の横顔には、確かな光が差していた。
(……今、この子の希望を、俺が折るわけにはいかねえ……!)
リスクは承知の上だ。この光を、俺が守る。
俺は覚悟を決め、彼女に向かって力強く頷いた。
「そっか……。分かった」
そして、立ち上がる。
「よし、決まりだ。俺たちの目的地は、自由都市リンドブルムだ」
俺は、彼女の前に跪き、その紫色の瞳をまっすぐに見つめて、宣言した。
「俺が、絶対に君をそこへ連れて行く。約束だ」
俺の、あまりにも唐突な宣言に、ルナリアは一瞬、目を丸くした。
だが、俺の瞳に宿る覚悟を読み取ってくれたのだろう。その美しい瞳が、みるみるうちに潤んでいく。
「……はいっ……!」
彼女は、こぼれ落ちそうな涙を必死にこらえ、最高の笑顔で頷いた。
「約束、ですわ……カケルさん!」
――自由都市リンドブルム。
こうして、俺と彼女の、最初の目的地と、最初の約束が交わされた。
この約束が、これから始まる長い旅の、道しるべとなる。俺は、そのことをまだ知らなかった。