第4話:始まりの夜と最初の灯火
※本作は「全知スキル×逃亡聖女×恋愛攻略」な異世界転移ファンタジー!
第一部完
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▼前回のあらすじ:
彼女の抱える呪いと運命を知った俺は、彼女を守ることを決意し、共に逃げ出す。
腕の中で眠る彼女が漏らした、苦しげなうわ言。
そして、俺のスキルが暴き出した【神恩喪失(呪い)】という絶望的な状態異常。
命の危機はひとまず脱したかもしれないという安堵感は、すぐに新たな焦りへと変わっていく。
(感傷に浸ってる場合じゃない。動かないと)
そうだ。ここは安全な日本じゃない。いつ、彼女を追ってきた連中や、腹を空かせた夜行性の魔物が現れるか分からない、危険な森の真ん中だ。
このまま夜を迎えれば、二人そろって仲良くゲームオーバーなんて、笑えない結末が待っている。
俺は決意を固めると、ルナリアの体を慎重に、だがしっかりと背負い直した。
想像していたよりもずっと軽かったが、それでも運動不足の俺の体にはずしりと重い。だが、背中から伝わる彼女のかすかな温もりと、穏やかな寝息が、不思議と俺に力をくれた。
(俺が、この子を守るんだ)
その一心だけで、焼けるように痛む肩の重さに耐える。
「……よし、行くか」
俺は、ゲームの知識を頼りに、洞窟などがありそうな岩場や崖にあたりをつけ、夕闇が迫る森へと足を踏み出した。
太陽が地平線の向こうに沈むと、森は急速にその貌を変える。昼間の穏やかさは嘘のように消え去り、木々の影は黒い腕のように伸びて、まるで俺たちを捕らえようとしているかのようだ。
今まで聞こえなかった、名も知らぬ獣の遠吠えが、夜の静寂を切り裂いて響き渡る。
(やばい、完全に夜のフィールドだ。エンカウント率も、出てくる敵のレベルも、昼間とは段違いのやつ……!)
俺は自分のスキル――【全知解析】を常に意識し、五感を研ぎ澄ませながら、一歩、また一歩と慎重に進んでいく。
その時、目の前に群生している奇妙なキノコが目に入った。
(なんだこれ……? 腹の足しに……いや、待てよ。異世界サバイバルの鉄則その一、『見た目で食い物を判断するな』だ)
俺は念のため、スキルを発動させる。
《名称:眠り茸。特記事項:胞子を吸い込むと、対象を強烈な昏睡状態に陥らせる》
「危ねぇ!」
俺は慌てて数メートル後ずさった。こんなものを吸い込んで、二人して眠りこけたら、朝には獣の餌食になって、骨すら残らないだろう。
このスキルがなければ、今頃どうなっていたことか。背筋がぞっと凍るのを感じた。
それからも、俺は【全知解析】をナビゲーション代わりに、危険を事前に察知しては迂回し、茂みの奥に潜む【フォレストウルフ】の群れを息を殺してやり過ごした。
足は鉛のように重く、体力はとっくに限界を超えていたが、ただひたすらに歩き続けた。
どれくらい経っただろうか。木々の向こうに、月明かりを浴びて黒々とそびえ立つ、巨大な岩壁が見えてきた。
「……あった!」
最後の力を振り絞って近づくと、蔦や草に半分隠れるようにして、洞窟がぽっかりと口を開けていた。
(頼む、安全であってくれ……! もう一歩も歩けない……!)
祈るような気持ちで、入り口にスキルを使う。
《名称:天然の洞窟。特記事項:内部に危険な生物の反応なし。風雨をしのぐのに適している》
「……助かった……!」
俺は安堵の息を漏らし、洞窟へと体を滑り込ませた。
中は乾いていて、数人が過ごすには十分な広さがある。これ以上ない、完璧な避難場所だ。
俺はルナリアをそっと下ろし、自分のブレザーを再び彼女の体にかけると、自身も壁に背を預けてへたり込んだ。
だが、安堵できたのはほんの数秒。洞窟の中の、肌を刺すような冷気が、まだ仕事は終わっていないと告げていた。無防備な入り口、暖を取る手段もない暗闇。やるべきことは、まだ山積みだ。
「……くそっ」
短く悪態をつき、俺は疲労困憊の体に鞭打って、再び立ち上がった。息をつくのは、全てを終えてからだ。
俺は洞窟の外に出て、手頃な大きさの岩や枯れ枝をいくつか集める。それを、元々入り口を覆っていた蔦や草に絡ませるようにして、入り口を巧みに塞いでいった。
これで安全は確保できた。残る問題は、この凍えるような寒さと暗闇だ。
(火……どうやって起こすんだ? ライターなんて持ってないし……)
途方に暮れかけた俺の脳裏に、天啓が閃く。
(待てよ、このスキル、物だけじゃなくて『概念』もいけるんじゃないか……?)
俺は洞窟の中に集めた乾いた落ち葉と小枝に向け、強く念じた。
(『火起こし』!)
《対象:火起こし。解析を実行します……完了。初歩的な火属性魔法【着火】の行使を推奨します》
「魔法……! 俺が……!?」
心臓が高鳴る。ステータスのMPは飾りじゃないのか!
俺は震える指先を薪に向け、子供の頃に憧れたヒーローの真似事をするような、気恥ずかしさをこらえながら、頭に浮かんだ単語を、祈るように紡いだ。
「――【着火】!」
指先に、魔力が集まるような奇妙な感覚。次の瞬間、指の先からピンポン玉ほどの小さな火の玉が飛び出し、落ち葉の上に着弾した。
ぽっ、と音を立てて燃え上がった炎は、瞬く間に小枝へと移り、パチパチと心地よい音を立てて洞窟の中を暖かく照らし始めた。
「……できた……本当に、できたぞ……!」
俺はへたり込み、燃え盛る炎を呆然と見つめた。
暖かな光が、壁際に眠るルナリアの横顔を照らしている。その表情は、森で見た時よりもずっと穏やかだ。
腕の中の儚い命を守るためだけだったはずの行動が、結果として、俺にこの異世界で生きていくための最初の武器を与えてくれた。
(この火は、彼女の体を温めることはできる。でも、彼女の心を蝕む、あの『呪い』はどうすれば……)
俺は燃え盛る炎を見つめながら、これから始まるであろう、まだ見ぬ物語の幕開けを、静かに予感していたのだった。