第3話:儚い命と助ける覚悟
※本作は「全知スキル×逃亡聖女×恋愛攻略」な異世界転移ファンタジー!
第一部完
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▼前回のあらすじ:
森で倒れていた謎の少女・ルナリアを助けた俺は、彼女が“呪われた聖女”だと知る。
腕の中にいる少女の、あまりにも儚い命の気配。
俺は彼女をそっと、近くにあった苔の生えた地面に横たえた。自分のブレザーを脱ぎ、気休めにしかならないと知りつつも、その冷たい体の上にかける。
「しっかりしろ!……って言っても、聞こえてないか」
呼びかけるが、もちろん返事はない。
(どうすればいい? ゲームなら回復魔法かポーションの一本でもあれば……!)
だが、ここはゲームじゃない。そして俺は、チートスキルはあっても、戦闘力ゼロのただの高校生だ。俺にできることは限られている。
(そうだ、持ち物! 何か、何か使えるものが……!)
俺はそばに置いていた自分のスクールバッグに駆け寄ると、中身を逆さまにして地面にぶちまけた。
教科書、ノート、筆箱……。
「現代日本の高校の授業内容! 異世界じゃ何の役にも立たねえ!」
バッテリーの切れたスマホが、ゴトリと虚しい音を立てる。
「異世界最強の文鎮がこちらです……」
最後に、日本円しか入っていない財布。
「数千円ぽっちじゃ、ポーション一本買えやしないだろうな……」
くそっ、何も……。
諦めかけた、その時だった。俺の手が、散らばったガラクタの中から二つのものを掴んだ。
「……あった!」
半分ほど水が残ったペットボトルと、通学途中に買った袋入りのチョコレートバー。
神様、仏様、異世界の誰か様、ありがとう! これなら……!
俺はまず、水分補給が最優先だと判断した。ポケットから取り出した、まだ清潔なハンカチに貴重な水を染み込ませ、彼女のカサカサに乾いた唇にそっと当てる。
冷たい感触に、彼女の長いまつ毛に縁どられた眉が、かすかに動いた。水分が、乾いた唇にじんわりと染み込んでいく。
ごくり、と彼女の喉が小さく動いたのが分かった。
(飲んだ……! 効果は……!?)
すかさず【全知解析】でステータスを確認する。
HP:17 / 80。
たった「2」の回復。だが、ゼロじゃない! 俺の行動が、確かに彼女の命を繋ぎとめている!
そのわずかな回復が引き金になったのか、彼女の瞼がふるりと震え、ゆっくりと持ち上がった。ぼんやりと濁っていた紫色の瞳が、俺の姿を映す。
「……あ……なた……は……?」
かき消えそうなほどか細い声。俺はできるだけ優しい声で、彼女に語りかけた。
「俺は相川翔。大丈夫か?」
俺が名乗ると、彼女は何かを理解しようとするかのように瞳をさまよわせ、最後の力を振り絞るように、懇願とも祈りともつかない響きで呟いた。
「……たすけ……て……」
それが限界だった。彼女の瞳から再び光が失われ、ぐったりと力が抜ける。
「おい、しっかりしろ! くそっ……!」
呼びかけにもう応答はない。まずい。水だけじゃ足りない。エネルギーを、カロリーを摂取させなければ、本当に死んでしまう。
俺の視線が、地面に転がったチョコレートバーに突き刺さった。
だが、どうやって? 意識のない人間に、固形のものを食べさせることなんて……。
その時、俺の脳裏に、昔見たサバイバル映画のワンシーンが、最悪のタイミングで鮮やかに蘇ってしまった。
――噛み砕いて、口移しで与える。
「なっ……!」
自分の思考に、カッと顔が熱くなるのを感じた。
脳内で、俺の中の倫理観と生存本能が、壮絶なバトルを繰り広げ始める。
(いやいやいや、無理だろ! 無理だって! ファーストキスがこんな、意識のない美少女相手とか! それって人としてどうなんだ!? 普通に事案じゃないのか!?)
(馬鹿野郎! こっちは人命救助だ! 俺のちっぽけなプライドと彼女の命、どっちが大事なんだ! 決まってるだろ!)
(でも! でもやっぱり……! 見ず知らずの女の子に、そんな……!)
(うるさい! ごちゃごちゃ考えてる間に彼女が死んだらどうするんだ! やるんだよ!)
脳内の俺が、もう一人の俺を殴り飛ばす。
そうだ。やるしかない。これで彼女が助かるなら、俺の羞恥心なんて、ちっぽけなプライドなんて、いくらでもくれてやる。
俺は覚悟を決めた。
チョコレートの袋を乱暴に破り、ひとかけらを口に放り込む。それを素早く噛み砕き、液体状にしながら、彼女の体をそっと抱き起こした。
心臓がうるさい。自分の顔が燃えるように熱いのが分かる。
俺はゆっくりと顔を近づけ、彼女の唇に、自分の唇をそっと重ねた。
柔らかい感触に思考が停止しかけるのを必死でこらえ、液体状になったチョコレートを静かに流し込む。
すぐに体を離し、罪悪感から彼女の顔を見ないように俯いた。
ごくり、と彼女の喉が、先ほどよりも力強く動く。
俺は祈るような気持ちで、【全知解析】を起動した。目に飛び込んできた情報に、思わず声が漏れそうになる。
HP:27 / 80、MP:15 / 120。【状態】から「疲労」の文字が消えている。
「……やった」
効果は絶大だった。彼女の青白かった頬に、わずかながら血の気が戻っている。呼吸も、心なしか深くなった気がした。
安堵のため息をついた、まさにその時だった。
「……いや……やめて……」
眠っている彼女が、苦しげに顔を歪め、うわ言を漏らした。
何かに怯えるような、悲痛な声。
(追っ手に、酷いことでもされたのか……?)
俺は念のため、改めて彼女の【状態】を注視する。
【神恩喪失(呪い)】。その文字列に意識を集中させると、補足情報が浮かび上がった。
《神恩喪失(呪い):対象と神聖な力との繋がりを阻害する精神的な枷。強いトラウマが原因か。詳細解析には高位のスキルが必要》
命の危機は、ひとまず脱したのかもしれない。
だが、彼女を苛んでいるのは、この世界の物理的な脅威だけではない。その魂に刻まれた、もっと深く、暗い何かがある。
その事実が、新たな重石となって俺の心にのしかかってきたのだった。