表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/8

第1話:異世界の森と全知のスキル

※本作は「全知スキル×逃亡聖女×恋愛攻略」な異世界転移ファンタジー!

第一部完


▶もし続きを楽しみにしていただけたら、ブックマークしてもらえると励みになります!


(……痛い)

(……寒い)


 最初に感じたのは、全身を鈍く苛む痛みと、肌を粟立たせるような冷気だった。

 最後に見た光景を思い出す。

 甲高いブレーキ音。飛び出した小さな黒猫。そして、目の前を真っ白に染め上げた、巨大なトラックのヘッドライト。

 ああ、そうだ。俺、相川翔あいかわかけるは、十七年の短い人生を終えて、トラックに轢かれるという、あまりにもテンプレな最期を迎えたはずなんだ。


 だというのに。

 ゆっくりと、まるで接着剤で固められたかのように重い瞼をこじ開けると、俺の目に映ったのは、病院の白い天井でも、薄暗い霊安室でもなかった。


「……どこだ、ここ」


 思わず、自分でも驚くほどかすれた声が漏れる。

 そこは、鬱蒼とした森の中だった。

 肺を満たすのは、むせ返るような濃い土と植物の匂い。視界の全てを、見たこともない色と形の葉を持つ木々が埋め尽くしている。まるで意志を持っているかのように、それぞれが奇妙な形で枝を空へと伸ばしていた。

 地面をびっしりと覆う苔の一部は、木々の隙間から差し込む光を浴びて、青白く淡い光を放っている。幻想的、と言えば聞こえはいいが、不気味さと不自然さが勝っていた。

 名も知らぬ虫の羽音と、時折聞こえる獣の鳴き声らしきものが、ここが俺の知る日本のどこでもない、という事実を冷酷に突きつけてくる。


(いやいや、待て待て。落ち着け俺。これは夢だ。質の悪い夢に違いない)


 そう結論付けようとする。だが、ブレザーの破れた箇所から感じる地面の硬さも、頬を撫でるひやりとした空気も、あまりにリアルすぎた。

 死んだ、という確信と、生きている、という現実。矛盾した二つの事実が、俺の頭をぐちゃぐちゃにかき混ぜ、ショート寸前まで追い込んでくる。


(マジかよ……。本当に死んで、異世界転生しちまったってのか……?)


 ラノベやゲームで散々浴びてきた知識が、最悪の、しかし最も納得のいく答えを導き出してしまう。

 その、まさにその時だった。

 俺の視界の右端で、何かが「フッ」と明滅した。まるでPCのデスクトップの隅に表示される通知アイコンみたいに、半透明のそれがチカチカしている。


「なんだ……これ? 目にゴミでも入ったか?」


 目をこすっても、瞬きを繰り返しても、アイコンは消えない。それどころか、俺が意識すればするほど、その存在感を増しているようにすら感じられた。

 俺は恐る恐る、心の中で念じてみる。


(これ……何?)


 その瞬間だった。

 「スッ」と音もなく、俺の目の前に青白く光る半透明のウィンドウが現れた。何度もゲームで見てきた、ステータス画面そのものだった。


「うわ、出たよ! 本当にゲームじゃねえか! AR? VR? 死後の世界ってこんなハイテクなの!?」


 誰もいない森の中で、俺の素っ頓狂な叫び声が木霊した。

 あまりのことに混乱していた頭が、逆にこの非現実的なウィンドウのおかげで、妙な冷静さを取り戻していく。そうだ、こういう時は、まず情報を確認するに限る。俺はRPGでそう学んだ。


▼ ステータス

--------------------------------------------------

名前:相川アイカワ カケル

種族:人族ヒューマン

年齢:17

天職:不明

レベル:1


HP:100/100

MP:50/50


【スキル】

・ユニークスキル:全知解析アナライズ・オール

・コモンスキル:異世界言語理解

--------------------------------------------------


「お、おお……」


 俺は一つ一つの項目を、自分自身にツッコミを入れながら確認していく。脳がこの異常な状況を、自分の趣味の知識に当てはめることで、なんとか処理しようとしているらしい。


「名前:相川翔……うん、知ってる。俺だ」

「種族:人族ヒューマン……! カッコ書きでルビ振るやつ! ってことは、人族以外の種族、エルフとかドワーフとかがマジでいる世界観か!? けもみみっ娘は!? けもみみっ娘はいますか神様!」

「年齢:17歳。ぴちぴちのセブンティーンのまま異世界へようこそ、と。あぶねえ、死んだ年齢のままなら永遠の17歳になるところだった」

「天職:不明……は? 不明? なんだよそれ、無職ってことか!? おいおいおい、異世界に来てまで社会の厳しさを味わうとかマジ勘弁してくれよ! そこは『勇者』とかさぁ! あるだろ、お約束が!」


 いきなり突きつけられた無職(仮)の現実に、早くも俺の心は折れそうだ。


「レベル:1。まあ、そりゃそうか。始まったばっかりだしな。ここから育てていく楽しみがあるってことにしておこう」

「HP、MP……。おお、ちゃんとある! ゲームだ、完全にゲームのノリだ! MPがあるってことは魔法が使えるフラグか!? ファイアーボールとか撃てちゃう系? やばい、ちょっとテンション上がってきた!」


 現金なもので、単純な俺の心は少しだけ浮上する。そして、最も重要なスキル欄に目を移した。


「スキル、ユニークスキル:【全知解析アナライズ・オール】……!」


 ……かっけえええええ! なんだその中二心を的確に撃ち抜いてくるネーミングは! しかもユニークスキルだと? 俺だけの特別な力! これが俺のチート能力ってやつか! やったぜ!


「そしてもう一つ、コモンスキル:【異世界言語理解】……おおっ! 神スキル! 地味だけど超重要スキルキター! これがあれば言葉が通じなくて詰むパターンは回避だな。どこかの神様か知らないけど、分かってるじゃん!」


 最悪の状況の中で、二条の光が見えた気がした。

 死んで、異世界に来て、謎のチートスキルを手に入れた。

 ラノベや漫画で読み漁った、まさに王道の展開。いざ自分がその当事者になると、胸の高鳴りよりも先に、途方もない不安が押し寄せてくるが、それでも希望がないわけじゃない。


「よし、落ち着け俺。RPGのセオリー通りなら、まずは情報収集。安全な場所の確保が最優先だ。近くに村とか町とか……」


 そこまで考えて、俺はハタと気づく。


「……いや、待て。レベル1の俺が、こんな見るからに危険そうな森の中をうろついたら、それこそスライム的な最弱モンスターにすら殺されかねないんじゃ……?」


 ゲームなら最初の町から始まるのがお約束だろうが! なんでいきなり高難易度ダンジョンのど真ん中からスタートなんだよ、このクソゲーが!


 俺が今後の行動方針について頭を悩ませ始めた、まさにその時だった。


 ガサリッ!


 すぐ近くの茂みが、何かが強引に通り抜けるように大きく揺れた。

 その瞬間、今まで聞こえていた虫の音が、ピタリと止む。

 まるで、森全体が息を殺したかのように。

 俺の思考も、心臓も、一瞬にして凍りついた。


(なんだ、今の音……!?)


 背筋を、氷のように冷たい汗がツーッと伝っていく。

 ただの小動物か? いや、違う。この静まり方、この肌を刺すようなプレッシャーは、尋常じゃない。


(やばいやばいやばい! フラグ立てた瞬間にこれかよ!)

(獣か? それとも、まさか……魔物、とか)


 俺は身を固くしたまま、音を立てて揺れる茂みを、ただ凝視することしかできなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ