第五話
長いホームルームが終わり、ショウインが教室を後にした。口々に不満の声を漏らす学生たちの中で、一際目立つ存在。それが魔王エンドだった。
「おい、てめぇ女神なんだろ。どうにかできねぇのかよ」
首を振った女神アシャーカは、指先を丸めて目を伏せた。何度か教室からの脱出を試みた生徒たちだったが、部屋の外へは誰も出ることができなかった。アシャーカの元へやってきた元伯爵令嬢のアクヤは、両指を組んで膝をついた。
「女神様なのですわよね!? ここからどうにか出られませんこと? お願いしますわ!」
瞳に涙を溜めた彼女は、精一杯の祈りを捧げる。
「申し訳ありません……この場所では私たち、うまく力を使えないみたいなのです」
「ちっ、ふざけやがってあの野郎……っていうかお前、本当に女神なのか?」
「……信じてもらえないのも無理はありません。恐らくこの場所に集まった人たちは、みな別の世界から呼び出されているようなので」
「べ、別の世界……?」
素っ頓狂な声を上げたアクヤは、長い巻き髪を揺らす。アシャーカはそのまま続けた。
「あの方……ショウインの言っていることが正しければ、ここは異世界人たちの集まりだということです。そして彼は転生者や主人公……被害者という言葉を口にしていました……アクヤさん、あなたのご友人は、突然人が変わったように感じられたのですよね?」
「え、ええ。そうですわ……あの忌々しいキョーコめ……あんなに性格悪かったくせに、急に善人ぶり始めて……!」
歯噛みし始めるアクヤ。
「ナイツさんも、同じでしょうか?」
アシャーカは振り返って、席についたまま腕組みするナイツに尋ねる。鋭い眼差しが、ギロリと彼女を見た。
「人が変わったか、だと? あいつは元々俺を騙すために力を隠していやがったんだ。とんだ女狐だ。一時でも婚約者にしてやった恩を忘れ、それを仇で返すなんてな」
言い終わるとすぐに彼は顔を背け、思いだしたかのように顔を歪ませた。
「もう一つ確証がほしいです……魔王エンド、あなたも同じような最期を迎えたのではありませんか?」
アシャーカが向き直る。両手を頭の後ろで組んでふんぞり返る素行の悪いエンド。額から生えた二本の角が、禍々しい気を放っていた。
「あん? 何でてめぇに詮索されなきゃなんねぇんだよ。 どいつもこいつも使えねぇ奴ばっかりだな」
嘲笑ったエンドの前で、アシャーカだけが口を開く。
「……あなた、ループ系の勇者に殺されていますね」
ぴたりと動きを止めたエンドは、片眉だけを持ち上げてみせる。
「……なに? どうしてお前にそれがわかる?」
「あなただけではありません。アクヤもナイツも、この教室にいるみなさんも、転生者によって殺された者ではありませんか……?」
取り留めもなかった教室の雰囲気に一体感が生まれた。彼らはアシャーカの次の言葉を待つ。
「私は女神アシャーカ。私はずっと、転生者を別の世界から呼び出してきました」