Episode 7:業火の巨影
第七分室のドアが開いた瞬間、
ひどく場違いな明るさが、室内に流れ込んできた。
「はじめましてっ! リリス=カーンです! 一緒に頑張りましょうね!」
白いジャケットに、跳ねたポニーテール。
まるで太陽をそのまま擬人化したような少女が、ロックとモルトの前に立っていた。
「……お前、本当にうちの所属か?」
ロックが眉をしかめる。
「はいっ! 正式配属ですよ! タグド認定済み、銃もバッチリ使えます!」
「……配属ミスではないのですね。……えっと、リリス捜査官」
モルトの冷ややかな言葉にも、リリスは屈託なく笑った。
「あ、リリスでいいです! お二人とも先輩なんですし!
配属希望出したときに『できるだけ楽しいところ』って言ったら、ここを紹介されました☆」
「……いや、それ普通に駄目だろ」
ロックが額を押さえた――まさにその時だった。
──《緊急警報。危険度A。超常犯罪発生》──
重低音のサイレンが響き、無線が割り込んでくる。
『こちらHQ。ミドル・リング第4区画にて大規模超常現象を感知。現地は炎上中。タグド関与の疑いあり。現場は封鎖中――』
「……火事か」
ロックが外套を翻した。
「リリス、行けるな」
「もちろんですっ!」
「シャル。お前はここで――」
「…………わたしも、行く」
小さな声。
怯えながらも立ち上がったシャルトリューズが、拳を握りしめていた。
ロックとモルトが目を合わせ、わずかの沈黙ののち──ロックが頷いた。
「……なら、絶対に俺たちの後ろを離れるな」
“灼熱の現場”へ向かって、彼らは走った。
⸻
ミドル・リング第4区画・市街地跡
大気が、焼けていた。
辺り一帯が焦土と化し、瓦礫と黒煙が混ざる中で、まるで地獄の蓋が開いたような熱風が吹き荒れる。
高層ビルは骨のように焼け残り、道路は熱で溶け、炎が赤い河のように流れていた。
その中心に、そいつはいた。
二メートルを超える巨躯。
焦げた軍服の下、皮膚には火脈のように熱が脈動している。
拳を振るえば地が裂け、熱波だけでコンクリートが蒸発する。
「……正体、判明しました」
モルトが、淡々と告げる。
「“七罪の使徒”の一人、《憤怒》。ヴァルカン=アッシュ」
「“七罪”かよ……市街地に出てくるような奴じゃねぇだろ……!」
ロックが歯噛みするように呟き、ナイフを引き抜いた。
ヴァルカンが、こちらを見た。
鉄が軋むような笑い声が、炎の中から響く。
「おォ……焼き損ねたネズミどもが、顔を出したかァ」
「見た目も口も暑苦しい野郎だな……」
「お前ら、“犬小屋”の奴か? ひでェ面だなァ。特にそこのオッサン。火ィつけたら一瞬で灰だなァ」
「……どちらのことでしょう?」
モルトが静かに返すと、ヴァルカンは腹の底から笑った。
「どっちでもいい。まとめて灰にしてやるからよォ!」
一歩、踏み出すごとに熱波が迸る。
リリスが思わず後退りし、シャルトリューズが小さく息を呑んだ。
「ビビってんじゃねえぞ、嬢ちゃん。……戦場にガキは来るもんじゃねェ」
その言葉に、ロックの目が鋭く光る。
「その口、もう一度開いてみろ。潰すぞ」
「へっ、吠えるだけは一人前だな。駄犬風情が」
次の瞬間、ヴァルカンの拳が熱を帯びて光る。
「この街も、人間も、法も……全部まとめて、この《憤怒》で焼き尽くす。それが俺の役目だァ!!」
──轟音。
灼熱の拳が地を叩きつけ、地面が裂けた。
業火が吹き上がり、視界を一瞬にして紅に染める。
「ッ、散開しろッ!」
ロックが叫び、シャルトリューズを庇って跳ぶ。
モルトは即座に地面に膝をつき、因子構造を解析。
「高温域が拡大中。意図的に市街全域を焼却する構えです。……範囲、広すぎます」
「……なら、止めるだけだ」
ロックがナイフを構えた。
刃に反射した炎が、まるで意志を持つように揺れる。
「リリス、裏手に回って牽制。モルト、火線の動きを予測しろ」
「了解」
「任せてくださいっ!」
背後で、シャルトリューズが拳を握る。
恐怖と、焦燥。
けれど、それでも目を逸らさなかったのは──彼らの背が、確かに“壁”としてそこに在ったから。
ロックが、前を睨む。
炎の巨人が笑っている。
「行くぜ、火の化け物」
ロックの声が、低く、力強く響いた。
「てめぇは、ここで止める」
そして、その一歩が、
憤怒の業火へと、踏み込まれる。