Episode39:暴食の核
黒霧街の一角。
そこだけ、世界の“質”が違っていた。
肉が蠢く。
増える。
重なる。
押し潰す。
建物の輪郭すら曖昧にしながら、ひとつの巨大な“塊”が脈動している。
「クワセロォォォォ!!」
咆哮。
空気が歪む。
その振動だけで、周囲の瓦礫が浮き上がる。
ガット=トラクト。
七罪・暴食。
理性はない。
あるのは――
飢餓。
それだけ。
対峙する影が二つ。
瓦礫の上。
煙の中。
一歩も退かずに立っている。
「……見た目通りってわけか」
低く呟く。
ジャック=ライナー。
肩に担いだ重火器が、鈍く光を反射する。
その視線は冷静だ。
相手がどれだけ巨大であろうと、
やることは変わらない。
「削る」
引き金。
轟音。
閃光。
連続する衝撃。
重武装火器が火を噴く。
弾丸ではない。
塊だ。
質量そのものを叩き込む破壊。
肉塊に直撃。
抉れる。
吹き飛ぶ。
崩れる。
――だが。
「ガァ……!」
再生。
一瞬。
肉が盛り上がる。
繋がる。
埋まる。
増える。
「……効いてねぇな」
ジャックが舌打ちする。
削っている。
だが、減っていない。
むしろ。
増えている。
「タリナイ……!」
ガットが吠える。
腕が伸びる。
口が裂ける。
そのすべてが、ジャックへ殺到する。
衝突。
爆音。
ジャックが踏みとどまる。
重火器を振るう。
叩き潰す。
だが。
終わらない。
その横。
静かな気配。
「……本当に、下品」
クラリスが一歩前に出る。
ドレスの裾が、焦土に触れる。
それでも構わない。
視線はただ一つ。
ガットへ。
手が、腰へ。
鞘に触れる。
ゆっくりと。
抜かれる。
紅い刃。
《紅椿》。
血のような光を宿す刀身が、夜気を裂く。
「少しは“形”を整えなさい」
次の瞬間。
消える。
斬撃。
一閃。
二閃。
三閃。
肉が裂ける。
切断。
分断。
細切れにされる。
だが――
「クウゥ……!」
再生。
切った端から、
増える。
繋がる。
膨張する。
クラリスの眉が、わずかに動く。
「……なるほど」
理解する。
これは“生物”ではない。
“現象”に近い。
「その回復力」
刃を構える。
「ならば」
一歩。
踏み込む。
「利用してあげる」
再び斬る。
今度は違う。
断つためではない。
“刻む”。
細かく。
浅く。
無数に。
肉塊が裂け続ける。
再生が走る。
だが――
追いつかない。
クラリスの瞳が、静かに光る。
「――撫命」
空気が変わる。
音が遠のく。
それは、“殺し”ではない。
触れることで、
“命の在り方”を書き換える力。
斬った箇所。
そこに。
“命令”が走る。
増えろ。
増えろ。
増えろ。
過剰再生。
制御を失った回復。
ガットの肉が――
暴走する。
「ガ……?」
膨張。
歪み。
崩壊。
再生が、再生を食い潰す。
細胞が増えすぎて、形を維持できない。
肉が溶ける。
崩れる。
流れ落ちる。
「ガァァァァァァァァ!!」
絶叫。
今までとは違う。
苦痛。
ジャックが目を細める。
「……自壊か」
クラリスは淡々と答える。
「ええ。食べすぎなのよ」
肉塊が、崩れる。
崩壊。
圧縮。
収束。
そして。
“それ”が現れる。
静寂。
瓦礫の中央。
立っているのは、
一人の青年。
筋骨隆々。
無駄のない肉体。
だが――
腹部。
そこに。
巨大な“口”。
ゆっくりと、開く。
「……ハァ」
息を吐く。
理性。
明確な意思。
先ほどまでの獣とは、明らかに違う。
青年が、顔を上げる。
目が合う。
笑う。
「……いいな、それ」
低い声。
だが、はっきりとした言葉。
「今の、効いた」
腹の口が、
ぐちゃりと動く。
「もっと寄越せよ」
空気が、張り詰める。
ジャックが武器を構える。
クラリスが刃を傾ける。
理解する。
今までのは、
“外側”だった。
これは――
核。
七罪・暴食。
ガット=トラクト。
その本体が、
今、姿を現した。




