Episode37:黒霧街炎上
夜。
PCPD本部。
会議の空気は、まだ残っていた。
ロックの能力変質。
“収束”という異常。
観測されるという事実。
結論は出ていない。
だが――
警報が鳴る。
鋭く、短く。
空気を切り裂くように。
「緊急信号!?」
リリスが振り向く。
モルトが即座に端末を展開する。
「黒霧街……!」
シャルの表情が強張る。
都市外縁。
最も治安の悪い区域。
「現地通信、受信します!」
ノイズ混じりの音声。
『……ガ……ァ……!』
『……食われ……て……!』
『対象……人じゃ――』
途切れる。
沈黙。
カルマが低く言う。
「状況は」
モルトが答える。
「大型因子反応。未登録……いえ」
一瞬、目を見開く。
「七罪パターンと一致」
空気が変わる。
ロックが立ち上がる。
「行く」
カルマは短く頷く。
「第七分室、出動」
⸻
黒霧街。
近づくほどに、空気が重くなる。
視界の先。
街の一角を覆う黒い霧。
煙ではない。
“濃度”だ。
リリスが呟く。
「嫌な感じしかしない」
車両が突入する。
視界が落ちる。
数メートル先すら見えない。
その中で。
ぐちゃり。
ぐちゃり。
何かを“咀嚼する音”。
シャルが震える。
「……いる」
車両停止。
ドアが開く。
四人が降りる。
霧の中。
ライトが揺れる。
そして――
それはいた。
肉。
肉。
肉。
無数の肉塊が絡まり合い、
膨れ上がった“塊”。
人の原型すら曖昧。
だが。
中心に、
裂けた口。
その口が。
“人間の腕”を咥えている。
ぐちゃり。
噛み砕く。
飲み込む。
そして――
「ガ……ア゛ァァァ……ッ!!」
咆哮。
空気が震える。
リリスが思わず後ずさる。
「なに……あれ……」
モルトが震える声で言う。
「因子濃度……異常です……!」
桁が違う。
骸獣ではない。
もっと直接的な“暴走”。
肉塊が蠢く。
無数の口が開く。
「クワセロ……タリナイ……!」
よだれが滴る。
肉が増える。
周囲の“何か”を取り込みながら。
ロックが前に出る。
目を逸らさない。
「……七罪」
肉塊が反応する。
ぐちゃり、と音を立てて、
顔のような部分が向く。
「……エモノ……」
理性がない。
ただの欲求。
「七罪・暴食……」
モルトが呟く。
ロックが続ける。
「ガット=トラクトか」
肉塊が震える。
理解していない。
ただ。
“餌”として認識している。
次の瞬間。
弾けた。
無数の腕が飛び出す。
地面を這い、
壁を叩き、
四方から襲いかかる。
「散開!」
リリスが叫ぶ。
銃声。
連射。
腕を撃ち抜く。
だが――
止まらない。
「クウ……! クウゥゥゥ!!」
肉が増える。
撃った分だけ、
喰って補う。
モルトが叫ぶ。
「吸収型です!
有機物すべてを取り込んでる!」
シャルが結界を張る。
衝撃。
重い。
押し潰される。
ロックが踏み込む。
鎖が走る。
肉塊に絡みつく。
だが――
「ガァ……!」
喰う。
鎖を。
そのまま。
飲み込む。
リリスが目を見開く。
「は!?それアリ!?」
「……タリナイ……!」
ガットが膨張する。
止まらない。
その時。
――空気が変わる。
一瞬。
熱が消える。
次の瞬間。
轟音。
爆炎が落ちる。
地面が爆ぜる。
衝撃が全員を吹き飛ばす。
「――ッ!!」
煙。
熱。
視界が揺れる。
その中で。
一つの影が立っていた。
炎を纏った男。
ゆっくりと歩く。
足元が焼ける。
ガットが不満げに唸る。
「……ジャマ……」
男は一瞥する。
「うるさい」
低い声。
圧が違う。
視線がロックたちへ向く。
そして。
わずかに、口元が歪む。
「……久しぶりだな」
一歩。
近づく。
炎が揺れる。
「駄犬ども」
空気が凍る。
リリスが歯を食いしばる。
「……っ、あんた……!」
ロックの目が細くなる。
覚えている。
この圧。
この熱。
モルトが震える声で言う。
「因子出力……桁違い……!」
男は名乗る。
必要最低限に。
「七罪」
炎が圧縮される。
空間が歪む。
「憤怒」
その名。
「ヴァルカン=アッシュ」
ガットが吠える。
「クウゥゥ!!」
ヴァルカンが視線を向ける。
「黙ってろ」
一言。
それだけで。
ガットの動きが一瞬止まる。
格が違う。
支配している。
ヴァルカンはロックを見る。
興味深そうに。
「少しはマシになったかと思ったが」
肩を鳴らす。
炎が揺れる。
「まだ足りんな」
手を上げる。
炎が収束する。
圧縮。
凝縮。
ロックは理解する。
あの時と同じ。
いや。
それ以上。
ガットが嗤う。
「クワセロォォ!!」
同時。
最悪の二方向。
ロックの腕の紋様が、
強く脈打つ。
見える。
分岐が。
このままでは――
全滅。
ロックは一歩踏み出す。
そして。
選ぶ。
その瞬間。
世界が、
わずかに歪んだ。




