Episode36:観測される異常
午後。
PCPD本部・会議室。
外は穏やかだった。
窓越しに見える空は青く、
街はいつも通り動いている。
だがこの部屋だけは違う。
空気が張り詰めている。
テーブルの上には、
骸獣戦の記録データが並んでいた。
ロックたち四人と、
そして――
カルマ。
椅子に深く腰掛け、
資料に目を落としている。
沈黙。
最初に口を開いたのはモルトだった。
「今回の骸獣について、解析結果を報告します」
端末を操作する。
ホログラムに戦闘ログが展開される。
暴走。
増殖。
臨界。
そして――
収束。
「まず結論から言います」
モルトの声は冷静だった。
「通常の撃破ではありません」
カルマが顔を上げる。
「どう違う」
「消滅ではなく、“収束”です」
リリスが腕を組む。
「昨日も聞いたそれ、どういう意味?」
モルトは波形を拡大する。
「通常、骸獣を破壊した場合、
高密度の祝福因子は周囲に残留します」
画面に別件のデータが表示される。
歪んだ波形。
ノイズ。
揺らぎ。
「しかし今回は――」
表示が切り替わる。
滑らかな直線。
完全なゼロ。
「残留が一切ありません」
シャルが小さく呟く。
「……綺麗すぎる」
カルマは腕を組む。
「異常だな」
モルトは頷く。
「はい。物理的にも、因子的にも説明がつきません」
一拍置いて。
視線がロックに向く。
「この現象が発生したのは、
ロックが核に接触した瞬間です」
沈黙。
ロックは何も言わない。
カルマが静かに問う。
「お前、あの時何をした」
短い問い。
だが重い。
ロックは目を伏せる。
思い出す。
あの瞬間。
流れが見えた。
増殖の線。
爆発の未来。
分岐。
そして。
「……潰した」
小さく言う。
リリスが眉をひそめる。
「何を」
ロックはゆっくり顔を上げる。
「暴走する流れを」
言葉を選ぶ。
まだ、自分でも理解しきれていない。
「壊したんじゃない。
……止めた」
モルトが即座に反応する。
「止めた、では説明がつきません」
端末を操作する。
「因子の総量が消えています」
カルマの視線が鋭くなる。
「消えた?」
「はい」
モルトは言い切る。
「エネルギー保存則すら無視しています」
部屋が静まる。
リリスが低く言う。
「それって……ヤバくないですか?」
「極めて」
モルトは迷わない。
「現象として成立していません」
ロックは自分の腕を見る。
包帯の下。
黒い紋様がうっすら残っている。
「……見えたんだ」
ぽつりと漏れる。
カルマが視線を向ける。
「何が」
ロックは答える。
「いくつかの流れ」
曖昧な言葉。
だが確かにあった。
「このまま行けば爆発する、
っていうのが分かった」
シャルが息を呑む。
「それで?」
「その流れを――潰した」
沈黙。
モルトの指先が止まる。
「それは」
低い声。
「“拘束”ではありません」
リリスが顔をしかめる。
「じゃあ何ですか」
モルトは言う。
「干渉です」
一語。
重い言葉。
「対象の外側ではなく、
内部構造でもなく――」
一瞬だけ迷い、
それでも言い切る。
「“結果”に対する干渉です」
空気が一段冷える。
カルマが椅子に深くもたれかかる。
「結果を変えた、か」
ロックは黙る。
否定できない。
モルトが続ける。
「ただし、現段階では仮説です」
ここで一度、線を引く。
「前例が存在しません。
理論も未確立です」
カルマが問う。
「代償は」
モルトは一瞬だけ言葉を詰まらせる。
「……不明です」
それが一番危険だった。
カルマはロックを見る。
長く、無言で。
やがて言う。
「制御できるか」
ロックは少しだけ考える。
そして。
「……分からない」
正直な答え。
リリスが小さく舌打ちする。
「え、それヤバいですよね」
シャルは静かに言う。
「でも、あの時はそれしかなかった」
否定はしない。
現実として。
全員生きている。
カルマは目を閉じる。
数秒。
思考。
やがて目を開ける。
「結論は三つだ」
指を立てる。
「一つ。今回の現象は異常である」
「二つ。ロックの能力は変質している可能性が高い」
「三つ」
少し間を置く。
「この現象は、“観測される”」
リリスが顔を上げる。
「観測?」
カルマは窓の外を見る。
「ここまで綺麗なゼロは、
逆に目立つ」
モルトが頷く。
「因子観測網には確実に記録されています」
シャルが不安げに言う。
「それって……」
カルマは言う。
「他の連中も気づく」
名前は出さない。
だが全員分かっている。
七罪。
そして。
それ以外の“何か”。
ロックは拳を握る。
黒い紋様が、わずかに脈打つ。
カルマが最後に言う。
「当面、ロックの単独高出力使用は禁止だ」
リリスが即座に反応する。
「絶対無茶しちゃダメですからね?」
「制御不能の可能性がある以上、当然だ」
ロックは何も言わない。
シャルがロックを見る。
モルトも。
短い沈黙。
ロックは小さく頷く。
「……分かった」
だが。
心の奥では理解している。
次に同じ状況になれば。
自分はまた、
“選ぶ”。
カルマはそれを見抜いていた。
だが何も言わない。
ただ一言。
「以上だ。解散」
椅子が引かれる音。
会議は終わる。
だが――
何も終わっていない。
モルトは資料をまとめながら、
わずかに眉をひそめる。
ログの片隅。
極小の誤差。
見逃してもおかしくない数値。
だが。
それは確かに、
“ゼロではなかった”。
誰もまだ気づいていない。
削られたはずのものが、
どこかに残っていることを。
そしてそれが、
別の場所で――
再び形を持ち始めていることを。




