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超常のプラスミド  作者: 釣鐘銅鑼
災禍の坩堝編
38/42

Episode34:観測値ゼロ

夜明け。


崩壊した地下施設は、すでに封鎖されていた。


規制線。

白いテープが風もないのに揺れている。


回収班。

無言で動くPCPD。


担架も怒号もない。


あれほどの暴走があったはずなのに。


静かすぎる。


骸獣グレースビーストの残骸は、

黒い耐因子シートに包まれ、

大型コンテナへと運ばれていく。


再生反応――ゼロ。

祝福因子残滓――検出限界以下。


「……綺麗すぎますね」


モルトが端末を握りしめる。


画面には、なだらかな波形。


暴走の痕跡とは思えない。


「通常の崩壊ではありません。

消滅でも、拡散でもない。

これは――“収束”です」


ロックは救急車のステップに腰を下ろしたまま、

自分の手を見ていた。


震えは止まっている。


だが。


感覚が、鈍い。


指先に力を込めても、

どこか遠い。


皮膚の下に、

黒い線が浮かんでいる。


細い鎖のような紋様。


昨夜よりも濃く、

深く、

刻印のように刻まれている。


「消えてないな」


「ええ」


モルトは迷わない。


「あなたの因子波形が変化しています。

拘束の基底が、固定型から逸脱しています」


リリスが腕を組む。


「逸脱って?」


「対象の外側を縛るのではなく、

内部構造へ直接干渉する型に移行しています」


ロックは目を伏せる。


内部。


あの瞬間。


刃が核に触れた時。


硬質な抵抗の向こう側。


壊したのではない。


“理解した”。


祝福因子の流れ。

増殖のパターン。

臨界へ至る加速度。

爆発へ分岐する数式。


そして。


いくつもの未来。


枝分かれした可能性。


その中の一つを――


選んだ。


「……見えた」


無意識に、漏れる。


モルトの視線が鋭くなる。


「何が」


「分岐」


リリスが眉をひそめる。


「分岐?」


「爆発する未来。

転移して拡散する未来。

市街を飲み込む未来」


ロックはゆっくり息を吐く。


「その中で、一番被害が少ない形を潰した」


沈黙。


遠くでコンテナのハッチが軋む。


モルトの指先が、わずかに震えている。


「それは拘束ではありません」


低い声。


「可能性への干渉です」


空気が、一段冷える。


「因子干渉が物理層を越え始めています。

あなたは対象の“構造”ではなく、

“結果”に触れています」


リリスが吐き捨てる。


「それって……危なくない?」


「極めて」


即答。


「可能性に触れるということは、

選ばなかった未来を“圧縮”するということです」


ロックの腕の黒い紋様が、

かすかに脈打つ。


どくん、と。


選ばなかった未来。


爆発。


市街消滅。


仲間の死。


それらを――


畳み込んだ。


折り重ねて、

無かったことにした。


「……その代償は?」


ロックの声は乾いている。


「今はまだ不明です」


モルトは視線を逸らさない。


「ですが、“無い”はずがありません」


遠くで回収班が合図を送る。


コンテナが完全に閉じられる。


骸獣は運び出された。


完全停止。


完全沈黙。


だが。


「反応が、無さすぎる」


モルトが呟く。


「通常、ここまで高出力因子が暴走すれば、

空間歪曲残留が発生します。

微細でも、必ず」


しかし今は。


「完全に“均されている”」


均一。


滑らか。


傷跡がない。


ロックは立ち上がる。


足元が、わずかに揺れる。


世界が一瞬だけ、薄くなる。


だが、倒れない。


均された。


それはつまり。


余波ごと、

削ぎ落としたということだ。


モルトが静かに言う。


「あなたが圧縮したのは、

骸獣だけではありません」


リリスが息を呑む。


「爆発する未来も、

拡散する未来も、

全部まとめて潰した……」


朝日が廃墟を照らす。


光は柔らかい。


だが、温度がない。


鳥の声がしない。


風もない。


まるで。


ここだけ、

世界が一度リセットされたように。


ロックは拳を握る。


黒い紋様が、はっきりと浮き上がる。


焼け残った鎖ではない。


再構築された鎖。


止めるための枷ではない。


選ぶための刃。


守るために、

消す未来を選別する力。


その時。


胸の奥で、

何かがひび割れる感覚。


小さな音。


誰にも聞こえない。


ロックだけが気づく。


「……七罪も、アルコーンも」


リリスが低く言う。


「この異常収束、絶対観測してますよね」


モルトが頷く。


「観測網に引っかからないはずがありません。

この規模で“何も起きなかった”のは、

逆に異常です」


何も起きなかった。


それが、最大の異常。


ロックは空を見る。


夜は完全に明けた。


青が広がっている。


穏やかだ。


だが。


選び続ける限り。


未来は減る。


削られるのは、

可能性か。


それとも。


自分のどこかか。


黒い紋様が、

わずかに広がった気がした。


ロックは何も言わない。


ただ。


静まり返った朝の中に、

一人、立っていた。

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