Episode32:骸獣《グレースビースト》
地下施設が、崩壊を始めた。
骸獣が一歩踏み出すたび、
床が陥没し、骨とコンクリートが粉砕される。
獅子の輪郭を持つ胴体から、
数え切れない触手が脈打ちながら蠢いていた。
「……来るぞ!」
ロックが叫んだ瞬間、
怪物は――消えた。
次の刹那。
衝撃。
質量の塊が空気を踏み潰し、
視界の外から突っ込んでくる。
「速っ――!」
ロックは反射的に跳んだ。
床を転がり、
その背後を触手が薙ぎ払う。
コンクリートの壁が、紙のように裂けた。
「正面に立たないでください!」
モルトの声が響く。
「触手は“囮”です!
本命は――胴体内部!」
「了解!」
ロックは走った。
跳躍。
床を蹴り、獣の側面へ。
――拘束。
見えない鎖が展開され、
触手の数本を一気に締め上げる。
「――ッ!」
だが、骸獣は止まらない。
拘束された触手ごと、
自らの肉を引き千切った。
血と骨片が雨のように散る。
「……正気かよ」
切断された断面から、
新たな触手が生える。
速度は、さっきよりも速い。
「自己破壊型再生……!」
モルトの声が、焦りを帯びる。
「拘束で止めきれません!
因子反応、増幅しています!」
骸獣が咆哮する。
衝撃波が走り、
ロックの足が浮いた。
その瞬間を、逃さない。
触手が、全方位から襲いかかる。
「――っ!」
ロックはナイフを振るった。
切る。
裂く。
落とす。
だが、数が多すぎる。
一本が肩を掠め、
二本目が脚に絡みつく。
引きずられる。
「ロック!」
リリスが発砲する。
弾丸が触手を穿ち、動きを鈍らせる。
その隙に、ロックは拘束を追加で展開する。
――多重拘束。
鎖が絡み合い、
獣の胴体を締め付ける。
床が、耐えきれずに崩れた。
骸獣が、倒れ込む。
「今です!」
モルトが叫ぶ。
「胸部――因子の集中点が見えます!」
ロックは跳んだ。
獣の背に着地し、
ナイフを深く突き立てる。
だが。
刃が、止まった。
「……硬っ」
骨でも、肉でもない。
異物。
次の瞬間、
内部から触手が噴き出した。
ロックの身体が、宙に投げ出される。
壁に激突。
視界が揺れる。
「……くそ……」
床に転がりながら、
ロックは見た。
骸獣の胸部に、
“顔のような影”が浮かんでいる。
子どもたちの名残。
リョウ。
マイカ。
「……そうか」
息を荒げながら、ロックは立ち上がる。
「お前は――
あいつらの、墓か」
拘束系が、再び脈動する。
今度は、迷いなく。
「なら……」
ロックは、左手を突き出した。
――拘束
――最大展開。
鎖が、地面から、壁から、天井から伸びる。
逃げ場はない。
「ここで、止まれ」
骸獣が、吠える。
拘束と再生が、真正面から衝突する。
地下施設全体が、軋み、悲鳴を上げた。
子どもを止められなかった、その手で。
怪物を、止める。




