Episode26:壊れたマリオネット
暗い部屋だった。
窓はない。
壁一面を覆うのは、無数の鏡。
大小、形、歪み――どれ一つとして同じものはない。
そして、そのすべてが
彼女を映している。
ミラー=エーヴァレットは、
その中心に立っていた。
「……ここ」
それは独り言だった。
場所を確認するための、
あるいは――自分を繋ぎ止めるための言葉。
最も古びた鏡に、指先で触れる。
ひび割れた表面が波打ち、
奥に沈んでいた映像が、ゆっくりと浮かび上がった。
白い部屋。
消毒薬の匂い。
足の届かないベッド。
「……ああ」
息が、微かに漏れる。
そこにいる少女を見て、
もう否定することもできなかった。
――自分だ。
「まだ、“私”って言ってる」
呟きは、笑いにも、嘆きにもならない。
ただ、事実をなぞるだけの音。
鏡の中で、白衣の女が告げる。
「――失敗作ね」
ミラーは、静かに頷いた。
「うん。
何回見ても、同じ結論」
鏡が切り替わる。
別の日。別の角度。別の記録。
けれど、表示される文字は変わらない。
《人格形成に失敗》
《適合外》
《記録用サンプル》
「……ふふ」
乾いた笑いが、喉を通り過ぎる。
「“廃棄はもったいない”……か」
鏡の中の少女が、俯く。
小さく震える唇。
消え入りそうな声。
ミラーは、その姿に語りかけた。
「怖かったよね」
優しい声。
まるで、他人を慰めるみたいに。
「頑張ったよね」
過去を、撫でるように。
「でもさ……」
指で、鏡の縁をなぞる。
「完成形じゃなかった」
一拍。
「それだけ」
別の鏡に映る、今の自分。
他人の顔。
他人の声。
他人の記憶を縫い合わせて出来た、歪な像。
「ねえ、イグナ様」
いない相手に、囁く。
「あなたの言う通りだよ」
口角を上げる。
訓練通り。
理想通り。
完璧に“作られた”笑顔。
「私は、“誰か”になれた」
鏡の中の少女と、視線が重なる。
「……だから」
一歩、前へ。
「あなたが壊した“私”は」
さらに一歩。
「あなたを壊すために、
生き残った」
鏡が割れる。
ひび。
破砕。
粉々に砕け散る過去。
だが、一枚だけが残った。
白衣の女を映す、歪みのない鏡。
ミラーは、その前に立つ。
そして、囁いた。
「……次は、本番」
その声は、もう借り物ではない。
歪で、未完成で、
模倣と断片で出来ていて――
それでも確かに、
ミラー=エーヴァレット自身の声だった。




