幕間5:失敗作
白い部屋だった。
窓はない。
壁は滑らかで、反響を許さない。
音も、温度も、匂いも――すべてが管理され、
感情という不純物が入り込む余地は、最初から排除されている。
そこにあるのは、清潔さと静寂。
そして、評価のための空間。
ベッドの上に、少女が座っていた。
小さな身体。
足は床に届かず、宙に浮いたまま、行き場を失って揺れている。
「……反応、遅いわね」
イグナ=アストレイアは、端末から目を離さずに言った。
少女を見る必要はない。
見るべきなのは、数値だけだ。
「被験体M-07。
共鳴率、想定値の六割。人格安定度……低水準」
端末に並ぶグラフは、どれも期待線を下回っている。
少女が、恐る恐る視線を上げた。
目を合わせようとする――その行為自体が、学習の成果だった。
「……わたし、ちゃんと、できます」
声は拙く、どこか借り物じみている。
意味を理解して発した言葉というより、
“そう言えばいい”と教えられた音の再生。
イグナの指が、わずかに止まった。
「……“わたし”?」
問いは静かだった。
怒りも、失望もない。
ただ、想定外の誤差を確認するための声音。
「主語を使うなと言ったでしょう」
淡々と告げる。
「あなたには、まだ“自己”は必要ない」
少女は唇を噛んだ。
その反応に呼応して、端末の数値がわずかに揺れる。
不安。萎縮。拒絶への恐怖。
「模倣はできているわ」
イグナは歩み寄る。
足音は、ほとんど鳴らない。
指先で少女の顎を掴み、顔を上げさせた。
逃げ場のない距離で、観察する。
「声。表情。運動パターン……及第点」
冷たい指。
「でも――」
一拍。
「“中身”が空っぽ」
端末に、赤い文字が浮かぶ。
《人格形成に失敗》
《適合外》
それは判定であり、宣告だった。
「これは努力で埋まる欠陥じゃない」
声色は変わらない。
慰めも、期待も、そこにはない。
「――失敗作ね」
その言葉は、断罪ではない。
拒絶でもない。
ただの分類。
製品と同じ、仕分けの結果。
少女の喉が震えた。
「……じゃあ、わたしは……?」
問いは、ほとんど音にならなかった。
イグナは、もう振り返らない。
「廃棄は非効率ね」
歩きながら、端末を操作する。
「記録用サンプルとして回すわ」
そして、淡く微笑んだ。
「あなたは、“誰か”になれる」
それは救済の言葉の形をしていた。
「それだけは、価値がある」
扉が閉まる。
白い部屋に、音は戻らない。
少女の存在だけが、
“何者にもなれなかった写し身”として、
静かに取り残されていた。




