Episode 14:因子灼く咆哮《ほうこう》
金属片が床一面に散乱し、奥からは軋むような機械音が断続的に響いていた。
廃棄された工場の残骸。
朽ちた鉄と焼け焦げた配線が、空気に鈍い鉄錆の匂いを混ぜる。
その不穏な闇の中を、ロックたちは迷いなく踏みしめていく。
「全員──ぶっ殺せぇッ!!」
飛び出してきたのは、登録抹消済みのタグドたち。
鉄板を装甲代わりに纏い、鋲を打ち込んだ拳を振るう。
彼らの論理は単純だ──力こそが全て。
暴力でしか、生存を証明できない世界の落伍者たち。
だが──
「ナイフで捌ききるには……ちと腕が足りねぇな」
ロックが呟いた瞬間には、もう動いていた。
鋭い刃が一閃。
足元への一撃で膝を砕き、崩れた敵の首筋へと刃先を滑らせる。
命を奪うことなく、確実に戦闘不能に──それが彼の美学だった。
「抑止、発動」
瞬間、ロックの掌から放たれた不可視の“鎖”が、敵の四肢を拘束する。
気づいた時には、既に地面へと縫い留められていた。
「な、なんだ……これ……動け、ねぇ……!」
「動ける頃には、てめぇはブタ箱行きだ」
ロックはあっさりと腹を蹴り抜き、気絶させる。
血の匂いが増すなか、彼は迷いなく次の標的へと向き直った。
──その傍ら。
「霧の帳《ヴェール=オブ=ミスト》──展開完了♪」
リリスが淡く笑みながら、足元から霧を広げる。
視覚も聴覚も錯乱させる幻影の霧。
それはまるで夢と現実の境界を塗り潰すように、敵の認識を狂わせた。
「こっち? それとも──こっち?」
刃を振るう敵が幻に惑わされ、仲間同士で斬り合いを始める。
リリスはその隙をつき、くるりと回転しながら一人を背後から蹴り飛ばす。
「まるで、子どもの遊戯ですね」
柱の陰に身を潜めたモルトが、冷徹な瞳で一言。
その手には、特製の麻酔銃。
「……戦闘可能者、残り三。座標、送信」
「了解。──三、二、一、っと!」
霧の中からロックが飛び出し、宙に舞うような跳躍から踵落としを叩き込む。
衝撃で床が軋み、敵はそのまま沈黙した。
──
静寂が訪れる。
無力化された敵の中から、リーダー格と思しき男をロックが引きずり出す。
「おい。ガキを攫って何のつもりだ」
「し、知らねぇ! 依頼通り動いただけだ……! 顔も知らねぇ仮面の奴に金もらって……!」
ロックの瞳が鋭くなる。
その奥、怒りが静かに燃えていた。
「誰に運べって言われた。どこまで?」
「この……倉庫までだ……中に、閉じ込めろって……!」
すかさずモルトが脳波を読み取るが、首を振る。
「虚偽なし。彼は、本当に末端です。……命令も曖昧で、詳細は何も知らされていない」
「……だとしても、子どもを売るクズに変わりねぇ」
ロックが男の顔を床に叩きつけ、立ち上がる。
「開けるぞ」
資材コンテナをこじ開けた瞬間──
震える小さな身体が、怯えた目でこちらを見た。
「……君、リョウくんか?」
シャルが一歩、踏み出して声をかける。
少年は怯えたまま、一瞬だけ戸惑い──小さく頷いた。
シャルは駆け寄り、彼を強く抱きしめた。
「……怖かった……怖かったよぉ……!」
「……もう、大丈夫。わたしたちが来たから」
シャルの腕の中で、リョウはようやく涙を流した。
その細い肩を、彼女は震えぬよう包み込んだ。
──
孤児院
リョウを連れ戻した一行を出迎えたのは、イグナの深々とした礼と──マイカの号泣だった。
「……よかった……よかったよぉ……!」
リョウにしがみつく少女の姿に、誰もが言葉を失った。
その光景は、あまりに人間的すぎたから。
ロックはふと、横に目をやる。
シャルが、ぽろぽろと涙を零していた。
「……おい、泣いてんのか?」
シャルは驚いたように、自分の頬に手をやる。
「あれ……私……なんで……?」
モルトが、穏やかな声で言う。
「それは、“人間”である証拠ですよ。
感情を、痛みを、誰かのために感じるということ」
リリスもにっこりと笑いかける。
「ね〜、シャルちゃん! 誰かを想って泣けるって、すっごいことなんだよ!」
シャルは小さく頷いた。
その頬に残る涙の跡が、彼女の“存在”を静かに証明していた。
──その夜。
孤児院には、小さな灯りがともっていた。
壊れかけた世界の片隅に、確かに“ぬくもり”が戻っていた。
だが、その闇の向こうでは──
名もなき“仮面の依頼主”が、別の因子を起動させようとしていた。
──歪みは、広がっていく。