表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/28

幕間:始まりの因子

その空間は、PCPDの誰も記憶しない“階下の下”にあった。


かつて情報管理局が使用していた旧世代型の記録保管庫。

だが今では、図面からも抹消され、存在すら忘れ去られた遺構でしかない。


冷却装置はとうに停止し、管制灯も点かない。

冷えきった空気は、外界から切り離された“墓標”のように重く沈んでいた。

埃と劣化した電子素子の臭いが、沈殿物のように積もっている。


廃棄対象。封印済み。

──記録上は、そう処理されていた。


だが今夜。

その沈黙に、ごく小さな“亀裂”が走った。


低く呻くような起動音。

朽ちた配線の奥で、制御端末が不完全なプロセスを噛み合わせ、ゆっくりと再起動を始める。


 「……コード:Nocturne-Ø13。

 記録解除。管理者権限──《イージス=マクダネル》、確認完了」


無機質な合成音声が、氷のような空気に波紋を投げた。


そして──

黒い影が、闇の中から歩み出る。


漆黒のスーツ、無駄のない身のこなし。

知性を秘めた眼差しの奥で、口元だけがわずかに笑んでいる。


イージス=マクダネル。

PCPD情報管理局 局長。表向きには「上級特任補佐官」。


──だが、その真の役割を知る者は、組織の中でも数えるほどしかいない。


彼は迷いなく歩を進め、指先でホログラム端末を呼び起こす。

無数の光群の中から、一つの記録を選び出した。


 「……やはり、削除は“未遂”だったか」


投影されたのは、ひとりの少女。


銀白の髪。眠るように閉じられた瞳。

タグ識別すら未付与。

本来なら存在すら消されていたはずの──失われた“実験体”。


その輪郭の周囲に、微細な粒子状ノイズが舞っている。

まるで映像を越えて、この場の空間そのものに干渉しているかのように。


コードネーム──《Echoエコー=ゼロ》。


イージスの視線が、淡く揺れる映像を射抜いた。


「……君が“表”に現れたか」


その声は、ただの観測者のものではなかった。

世界の盤面を読む、棋士の冷徹な呟き。


「ならば、この都市の均衡も……世界のかたちも……一段階、変わることになる」


ホログラムを閉じ、踵を返す。

闇の奥へと消えゆく背を、機器の光が一つ、また一つと沈んで見送った。


最後に、振り返ることもなく、彼は低く呟く。


 「──“始まりの因子”」


再び、沈黙だけが残った。


PCPDの誰ひとりとして知らない。

この記録こそが──少女シャルトリューズの“真実”へと繋がる、

世界の輪郭を密かに歪める、“綻び”の起点であることを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ