第29話 燃料問題
アノンさんがお店に来て、笑顔で告げる。
「やあクラウディア、発注した品はできてるかい?」
私もニッコリと微笑んで、サムズアップで答える。
「もちりん、ばっちりです!
魔力増強剤を五十本、魔導角灯を二十個、それに魔導眼鏡を三個ですね!
お確かめください!」
店頭に置いてあった木箱の中身を確認して頷いたアノンさんが、革袋をカウンターに置く。
私は大きな革袋な中身を確認しながら、アノンさんに尋ねる。
「マティアスさんの方はどうなんですか?」
「ああ、新作の魔導鎧が貴族に大好評でね。
この調子だと、また発注をかけると思うよ」
エリックの発案で試作した魔道具――『魔導涼感鎧』。
オリジナルの≪換気≫魔術と≪涼風≫魔術、そして≪浮遊≫と≪脱臭≫を重ねがけした高級品だ。
夏場になると、重鎧は着心地が最悪らしい。
重いし臭いし、とても長時間は着てられないのだとか。
だけど貴族の見栄なのか、装飾を細かく全身に施したいという需要も根強い。
結果として『着心地』と『見栄え』の両立ができる魔導涼感鎧は、受けが良かったそうだ。
普通ならワンセット作るのに、マティアスさんでも三か月はかかる。
そこで外部から重鎧を仕入れてきて、マティアスさんが魔道具用にカスタマイズする。
最後に私が魔道具として仕立て上げて完成だ。
利幅は落ちるけど、そこは回転率でカバーしていく。
貴族向けの装飾もマティアスさんの店じゃできないし、この辺りが落としどころだろう。
アノンさんが笑顔で告げる。
「じゃ、商品は確かに受け取ったよ。
また仕入れに来る。その時はよろしく頼むよ」
「ハイ! お任せください!」
この町に来て三か月、私の商売は順調に軌道に乗っていた。
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第二魔導工房では、増設した魔導炉三基がフル稼働していた。
ロベルトさんが笑顔で私に振り向いて告げる。
「お、クラウディアじゃないか。
今日はどうしたんだい?」
私は笑顔で答える。
「魔導炉の様子を見ておこうと思って。
取引は順調ですか?」
「おう! ばっちりだぜ!
最近じゃ、領内の町からも買い付けに来る商人が出て来た。
人手が足りないから、町の人間を新しく雇い入れてるところだ」
よしよし、経済が順調に回り始めたな?
ガラス製造なら、季節に関係なく発注がかかる。
広範囲に商品の噂が広まれば、だんだん人手が必要になっていく。
町の人間も隣町に出稼ぎに行くより、この町で働ける方が有利だ。
そうやって経済が育っていき、やがてこの町が出稼ぎの対象になるだろう。
それにはまだまだ時間がかかるけど、立派に芽は出始めてる。
私は稼働中の魔導炉を魔力で検査した後、ロベルトさんに挨拶をして店に戻った。
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夕食の席で、ラヴィニアが微笑んで告げる。
「最近、町が活気づいてきましたね。
町の人たちの表情が明るい気がします」
「字を覚え始めて、自信も付いてきたんじゃないかな。
でもそろそろ町の外の人間が増えて来たから、治安が心配だよね。
町長と相談して、自警団を作る頃合いかもしれないなー」
高級工芸品を扱う町だから、悪さを企む人間だって次第に集まってくる。
商人ギルドの私兵だけじゃ、治安を保てなくなるだろう。
まだまだ常設の兵士を雇う余裕はないし。
しばらくは志願者を募って、若い人に見回ってもらうしかない。
ラヴィニアがクスリと笑みをこぼす。
「なんだか、町長よりも町の采配を振るってませんか?」
「そうかな? できることをやってるだけだよ?」
ウズメがいつもの威勢で告げる。
『この町は今や、クラウディアを中心に回ってるのです!
一言でいえば、影の支配者なのです!』
コヤネが淡々と告げる。
『もうこの町を“クラウディア・タウン”に改名しましょう。
簡単にいえば、実効支配です』
「ちょっと二人とも?! 何を好き勝手言ってるのかな?!
私は平和的に町の運営を手伝ってるだけなんだけど?!」
ウズメとコヤネが、サッと物陰に隠れた。
クスクスと笑うラヴィニアと、私は楽しい夕食を過ごしていった。
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魔石業者のアンドレさんが、お店に来て私に告げる。
「注文の品、確かに届けたよ」
私は木箱の中身を確認して答える。
「はい、確かに!」
アンドレさんが小さく息をついた。
「最近、町が活気づいてるのはいいんだけど、魔石の仕入れが間に合わなくなってきた。
これからは少し、納入量が減るかもしれない」
私は驚いてアンドレさんに振り向いた。
「え?! それは困りますよ!」
アンドレさんが眉をひそめて答える。
「領内の産出量だと、今が限界なんだ。
シュトラース・ヴァイラーから仕入れると、かなり値上がりしてしまうしね。
悩ましいところだよ、ほんと」
そっか、燃料問題か~。
木炭屋のヘルマンも『供給量が足りない』って言ってたしなぁ。
このままだと、近くの山から森が無くなっちゃいそうだ。
私は考えながらアンドレさんに告げる。
「私の方で何か考えてみますので、量だけは確保してもらえますか?
私の分は、シュトラース・ヴァイラーからの仕入れで賄って構いませんので」
アンドレさんが笑顔で頷いた。
「この店が一番、魔石を買ってくれるからね。
値上がりしても構わないなら、量は確保しておくよ」
「ハイ! よろしくお願いいたします!」
店を出ていくアンドレさんの背中を見ながら、ウズメに尋ねる。
「ウズメはどうしたらいいと思う?」
ウズメが眉をひそめて両腕を組んだ。
『う~ん、そう言われても、我々に出せる知恵は少ないのです』
コヤネに振り向いて尋ねる。
「コヤネは? 何かいいアイデアないかな?」
コヤネも困り顔で答える。
『お力になりたいですが、なにせ記憶がほとんどありませんので』
私はため息をついて答える。
「そっか~。魔石や木炭の代わりになる燃料、あるのかなぁ?
石炭を仕入れても、代わりにするのは難しそうだし……」
ふと視界に入って紅玉魔道具を手に取り、ウズメに尋ねる。
「……ねぇウズメ、貴女たちの動力源って、どうなってるの?」
ウズメが元気いっぱいに答える。
『我々は空気中の魔力を吸収して動いているのです!
一言でいえば、永久機関なのです!』
――これだ!
私はカウンターから立ち上がって告げる。
「ウズメ! 店番よろしくね!
コヤネ! ちょっと相談に乗って!」
私はコヤネを連れ、魔導工房へ飛び込んだ。
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黒玉魔道具を精査しながら、コヤネに尋ねる。
「ねぇコヤネ、このコアブロックの動力源、複製できると思う?」
コヤネがくすぐったそうにしながら答える。
『可能か不可能かでいえば、マスターには可能だと思います。
ですが、危険な技術になり得ますよ?』
――そう、『永久に使える魔石』なんてものがあったら、とんでもないインパクトだ。
作るのも使うのも、外部に知らせるのは後になる。
慎重に市場を見定めながら、売る相手を選別しないといけない。
だけどこの町で魔石を消耗する事業は、私の店と魔導ガラス工房。この二つ。
魔石を原料とする商品には使えないけど、動力源を賄えれば需要はかなり抑えられる。
少なくとも魔導ガラス製造で一日一個消費している魔石の需要を削ってみよう。
「――ってプランなんだけど、どう思うコヤネ」
コヤネが真顔で頷いた。
『悪くないプランだと思います。
木炭については、今はまだ外部からの仕入れを優先するべきでしょう。
庶民に “皇竜の炉心”を売るにしても貸し与えるにしても、危険だと思います』
私は目をぱちくりと瞬かせた。
「……なに? そのマナなんとかって」
『我々の“カーバンクル”が備える、永久機関の名称です。
小型の動力源ですが、事実上無制限に魔力を使えます。
ですがこれは秘匿事項――マスターだからお教えしたということをお忘れなく』
そっか、そんな大事な秘密なのか。
じゃあ外部に売るとかは、まだまだ先の話だなぁ。
「よーし! それじゃあまずはその永久機関の複製、やってみますか!」
私は腕まくりをして、魔道具の部品を取り出した。