第26話 事業見学
昼食後、お店の前にはお父様とラーズ兄さま、ヴォルフガングさんが集合していた。
私はウズメとコヤネを連れ、みんなに合流する。
「じゃあ、第二魔導工房に行きましょうか!」
三人が頷くのを見届けて、私は街はずれに歩き出した。
町を歩いていると、いろんな人が私に声をかけてくる。
「あら、クラウディア! 戻ってきたのね!」
「お?! クラウディアじゃねぇか! また魔香草を買いに行くからよろしくな!」
「クラウディアー! また今度、文字を教えてよ!」
私はみんなに笑顔で答えながら歩いていく。
お父様がぽつりと呟く。
「すっかり町に受け入れられてるのだな」
私は振り返って笑顔で答える。
「はい! 今では立派な町の一員です!」
ラーズ兄さまも嬉しそうだ。
「まぁ、クラウディアなら当然だろう」
ウズメが悔しそうに拳を握っていた。
『なんで誰も、我々に声をかけないですか!
私こそが、あの店の看板娘なのですよ?!』
コヤネがぼそりと告げる。
『これで誰が本当の看板娘か、はっきりしましたね』
私は「あはは……」と笑ってごまかしながら歩いていった。
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第二魔導工房では、ロベルトさんが複数人で魔導ガラスを製作中だった。
「ロベルトさん、見学しても大丈夫ですか?」
「おう! 問題ねーよ!」
お父様は魔導炉を遠くから眺めて、興味津々だ。
ヴォルフガングさんも楽し気に作業工程を眺めていた。
「なるほど、アレンジした≪加熱≫魔術と≪耐熱≫魔術で石英を溶かしているんだね。
型は――これは≪浮遊≫の常時発動で浮かしているね?
そこにアレンジした≪急速冷却≫かな? よくもまぁ、この速度で冷やせるものだ」
私は内心で冷や汗を掻きながら答える。
「細かいことは、教えられませんので!」
なんで見ただけで見抜いてくるの、この人?!
お父さんは魔導炉を見ながら私に尋ねる。
「これで魔石をどのくらい使うんだい?」
「えーと、小型魔石を一日一個消費しますよ?」
「――一個?!」
今度はお父様と一緒に、ヴォルフガングさんも驚いていた。
「たった一個で、これだけの魔導炉を動かせるのか?!」
私は胸を張って答える。
「私の特製魔導炉ですから!
メンテナンスできるのも、私だけですよ?」
出来上がった魔導ガラスを、ロベルトさんの弟子たちが空いてるスペースに並べていく。
あっという間に十枚を作り終えると、ロベルトさんが息をついた。
「ふぅ。今の材料だとここまでだな。
生産速度が速すぎて、材料の調達が追いつかねーよ」
ラーズ兄さまがロベルトさんに尋ねる。
「材料が潤沢だったとして、一日何枚生産できるんだ?」
「それなら五十枚は固いですね。慣れてくれば百枚もいけるかもしれませんが。
今度は保管場所も考えにゃなりません。
隣の敷地に魔導ガラスの保管倉庫をつくるべきでしょうな」
お父様は出来上がった魔導ガラスを目で確認しながら告げる。
「この大きさと透明度を、その生産速度でか。
――よし、領外の石英産出地に話を付け、大口契約を結んでみよう。
サンプルに何枚か、余計に生産しておいてくれ。王都に持ち込み、売り込んでみよう」
ラーズ兄さまが苦笑を浮かべる。
「父上、王都に行かれるのですか?
社交界が苦手な父上が、売り込み出来ますか?」
お父様も苦笑で答える。
「だが、商機を逃すわけにはいかないだろう。
売り込める物は高く売れる場所に売るべきだ」
私はため息をついて告げる。
「お父様……そういうのは『適材適所』ですよ?
商取引は商人に任せればいいんです。
まずは近場から普及させて、口コミで品質が広まるのを待ちましょう。
お父様は材料の仕入れが安定するよう、商人と提携して石英の産地に話を付けてください。
大量買い付けなら安く仕入れられるはずですし、領主と話し合えば、関税も抑えられます。
お父様がすべきは、商人ができないことをサポートすることですよ?」
今はシュトラース・ヴァイラーのアノンさんに頼りきりだけど、あそこは隣の領地だ。
領地を栄えさせたいなら、領内の商人にも多く取引させないと。
私の言葉に、お父様が呆気に取られていた。
「……クラウディア、お前は商才があったんだな」
「これでも魔道具店の店主ですからね?!」
ヴォルフガングさんが楽しそうに笑った。
「ハハハ! これなら領主としても、立派にやっていけるんじゃないかな?
技術と商才を兼ね備えるとは、立派なご令嬢だ!」
「もう『ご令嬢』じゃありませんよ!」
私の反論に、その場のみんなが楽しそうに笑いだした――なんで?!
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魔導工房からの帰り際、ヴォルフガングさんが私に尋ねる。
「そういえば、その首から下げている眼鏡はどんな魔道具なんだい?」
――あ、ついうっかり持ってきちゃった。
私は眼鏡を持ちあげて告げる。
「これは≪鷹の目≫の魔術を付与してある眼鏡です。
精密作業をするとき、集中しやすいので」
ヴォルフガングさんがメガネをまじまじと見つめて答える。
「ほぅ、恐ろしく精密な魔力回路だね。
これを君が、手作業で作ったというのかい?」
「そうですけど……それが何か?」
ヴォルフガングさんが満足そうに頷いた。
「それだけの技量と魔導知識、宮廷魔導士でも滅多に居ないレベルだ。
魔道具師としては、一流と言っても過言ではない。
普通はそれだけの腕があれば、魔導士になってしまうからね」
私は小首を傾げて呟く。
「そんなもんなんですかねぇ?
他の魔道具師はアネスさんしか知らないんで、基準がわかりません」
ヴォルフガングさんが楽しそうに笑みを漏らす。
「ふふ、この後、王都に挨拶に行ったときに君のことを国王に伝えておこう。
きっと君の商売の役に立つだろう。
魔導ガラスもサンプルを一枚、買い付けられるかな?
我が国に持ち帰り、売り込みをしてあげよう」
ウズメがジト目でヴォルフガングさんを見つめた。
『急に親切になって、怪しいのです!
今度は何を企んでいるですか!』
「ハハハ! 君たちを怖がらせたお詫びをしたいだけだよ!
それに我が家にも、その魔導ガラスを入れてみたいしね!」
コヤネがぼそりと呟く。
『信用なりません』
私は笑いながら告げる。
「あはは! 取引先が増えるなら、こちらも大歓迎ですよ!」
明るい笑顔でみんなが店の前に帰り着くと、その場で解散した。
私はウズメたちと一緒に見せの中に入り、店番をしているラヴィニアに告げる。
「ただいまー! 誰かお客さんきたー?」
ラヴィニアが微笑んで答える。
「おかえりなさいませ。
まだ今日は誰も来ておりません」
「そっかー、じゃあ店番を変わるよ!」
ラヴィニアがカウンター席から立ち上がって告げる。
「では、私は夕食の買い出しに行って参ります」
「はーい! 気を付けてねー!」
お店から出ていくラヴィニアと入れ替わりに、私はカウンターの中に座る。
ウズメが肩を落として告げる。
『今日はなんだか疲れたのです……』
コヤネも小さく息をついた。
『これであのいかがわしい老人ともサヨナラですね』
うーん、ヴォルフガングさんはすっかり嫌われてるなぁ。
結局その日は、お店が閉まるまでお客さんが来ないで終わった。
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夕食の席でラヴィニアが私に告げる。
「次はどんな商品を開発されるんですか?」
私は豚肉のステーキを口に運びながら答える。
「んー、今はアイデアがないかな~?
魔導眼鏡を改良すれば、売り物になるとは思うんだけど。
銀細工師がこの町には居ないから、アノンさんと協力しないと貴族には売れないね」
眼鏡は高級品だ。貴族じゃないとまず買えない。
貴族は真鍮製の眼鏡なんて見向きもしないしなぁ。
そうなると金や銀の加工職人が必要になってくる。
この町で作れる商品は、そう多くはない。
ラヴィニアは微笑みながら告げる。
「アノンさん以外の商人が買い付けに来るといいですね」
「そこはこれからじゃない? まだまだ商売、始まったばかりだし!」
私は根菜のスープを飲み干し、席から立ち上がって告げる。
「じゃ、私はお風呂に行ってくるね!」
入浴の準備をしに、私は部屋に戻った。