第22話 高名な研究家
ダイニングでお茶を飲んでいると、カランコロンとドアベルが鳴り、男の人の声が響く。
「クラウディア! いるかい!」
――ん? この声は。
私はヴォルフガングさんに「ちょっと失礼します」と告げ、お店に出ていった。
店内にいたのは、ガラス職人のロベルトさんだった。
「どうしたんです? 今日は営業してませんよ?」
ロベルトさんが苦笑を浮かべて答える。
「そんなもん、『準備中』を見りゃわかるさ。
――それより、魔導ガラスの大口取引が取れた。
来月までに窓ガラス用に五十枚だ」
うわー、大口だ! いきなりそんなに?!
私は笑顔で答える。
「わぁ! やりましたね!
……それで、単価はいくらなんです?」
ロベルトさんがニヤリと微笑んだ。
「聞いて驚け、ガラス一枚に金貨十枚だ」
私は目を見開いてロベルトさんを見つめた。
「ガラス一枚に金貨十枚……それが、五十枚も?
金貨五百枚ってことですか?!」
ロベルトさんも嬉しそうに頷いた。
「ああ、窓ガラスくらい大きなガラスは作るのが難しいんだ。
その上、品質も充分に高いと認めてもらえた。
アノンが複数の貴族に魔導ガラスを見せて、売り込んでくれたらしい」
さっすがアノンさん……やり手だなぁ。
しかし金貨五百枚、その一割の五十枚が私の収入だ。
……これ、美味しいぞ?
「ロベルトさん、材料の調達は大丈夫ですか?」
「おうよ! アノンがきっちり手配することになってる!
あの魔導炉は材料の品質に関係ないみたいだしな。
窓ガラス五十枚分の石英ぐらい、簡単に集まるさ」
喜んでいるロベルトさんに、私も笑顔で告げる。
「頑張ってくださいね!」
「もちろんよ! あんたのおかげで、いい取引先が見つかった!
この調子なら、まだ次の発注が続きそうだぞ?」
そう言ってロベルトさんは、笑いながら店から出ていった。
****
ダイニングに戻ると、ヴォルフガングさんが楽しそうに微笑んでいた。
「魔導ガラスか。興味深い名前だね」
おっと、聞かれてたか。
ロベルトさんの声、大きかったしなぁ。
私は愛想笑いを浮かべながら答える。
「あはは、私が作った魔導炉で作るガラスなんですよ。
明日、古代遺跡をご案内した後にお見せしますね」
ヴォルフガングさんが嬉しそうに頷いた。
「うん、楽しみにしているよ」
う~ん、なんだか魔導炉を見せたくない人だなぁ。
一目で色々と見抜いてきそうだ。
コヤネが黒玉魔道具に触れてほしくなかった気持ち、ちょっと分かっちゃった。
ヴォルフガングさんが微笑んで私に尋ねる。
「クラウディア、君は『カーバンクル』という名前が何を指すか、知っているかな?」
何を藪から棒に?
私はおずおずと頷いた。
「はい、伝承にある幻獣の名前ですよね。
額に紅玉を持った、幸運を呼ぶと言われる幻獣」
ヴォルフガングさんが満足気に頷いた。
「そう、そのカーバンクルだ。
だがその懐中時計、なぜ『カーバンクル』と呼んでいるんだい?
なにか伝承と関係があるのかな?」
私はウズメに視線を走らせながら答える。
「ウズメが言ったんです。
この古代遺物の名前が『カーバンクル』だって。
それ以外のことは、私にも分かりません」
ヴォルフガングさんの目が好奇心で強く輝いた気がした。
「ほぅ? 精霊が教えてくれたのか。
その精霊――ウズメは、他に何か知らないのかな?」
その圧に、私はたじろぎながら答える。
「いえ、ウズメもコヤネも、記憶をほとんど失ってるらしいので……」
「だが、魔導術式は使えるようだね?
それも古代の魔導術式だ。
失われた先史文明の叡智、そのひとつだよ?
それを解明しようとは思わなかったのかね?」
「ええ?! えーっと、それはその……秘密です」
ヴォルフガングさんが楽しそうに笑い声を上げた。
「ハハハ! どうやら君は、隠し事が苦手みたいだね!
おそらく魔導ガラスを作っている魔導炉とやらも、古代魔術を応用しているのだろう?
現代魔術では、そこまで高度な魔術を構成できないからね」
うひぃ~?! なんで見破ってくるの、この人!
現物すら見ないで言い当てるとか、化け物か!
私が言葉に詰まっていると、カランコロンとドアベルが鳴った。
ダイニングに顔を出したラヴィニアが告げる。
「お嬢様、ただいま戻りました。
すぐに夕食の支度を致します」
「――あ、はーい。
じゃあヴォルフガングさん、お部屋に戻ってもらえますか。
ここに居るとラヴィニアの邪魔になるので」
ヴォルフガングさんは頷くと、黙って立ち上がり、客間へと向かった。
ラヴィニアがその背中を見送って尋ねてくる。
「……お嬢様、危険はありませんでしたか?」
「危険はなかったんだけど、助かったよラヴィニア。
あの人、怖い人だねぇ」
さすが公爵ってことなのかなぁ。
なんで会話だけで見抜いてくるんだろう?
ラヴィニアが真面目な顔で私に告げる。
「ファルケンシュタイン公爵と言えば、近隣諸国でも有数の魔導士として有名です。
うっかり秘密を握られないよう、ご注意ください」
私は目を丸くして驚いていた。
「そんなにすごい人なの?!」
「はい、古代遺跡の研究者としても有名な方です。
決して軽率に『カーバンクル』を見せないよう、お気を付けください」
ウズメが威勢よく告げる。
『我々がそんな真似を許すと思ってますですか!
一言でいえば、心外なのです!』
コヤネも頷いて答える。
『マスターが油断していても、我々が見張っていますから』
ラヴィニアがウズメたちに頷いて告げる。
「貴女たちに、お嬢様の護衛を任せます」
心配性だなぁ。私だってちゃんとやれると思うんだけど。
私も椅子から立ち上がってラヴィニアに告げる。
「じゃ、私も部屋に戻ってるね!」
私はウズメとコヤネを引き連れて、自分の部屋へ向かった。
****
夕食の間もヴォルフガングさんは、私たちを観察しながら食事をしているようだった。
……あの鷹の目のような眼差しで見られてると、なーんか落ち着かない。
なるだけ言葉にも注意しながら会話するから、肩が凝るし。
夕食を終えるとヴォルフガングさんには客間に戻ってもらい、部屋の入り口から告げる。
「では、ドアは施錠しますのでご了承ください」
ヴォルフガングさんが頷いて答える。
「ああ、それくらいは構わないよ」
閉められたドアに≪施錠≫を施し、私はウズメたちに告げる。
「私が入浴中、このドアを見張っててもらえる?」
ウズメがしっかりと頷いた。
『お任せなのです!』
コヤネも静かに頷く。
『不審な動きがあれば、滅却しておきます』
「いや、殺しちゃだめだよ?」
私はその場を二人に任せると、いそいそと入浴の準備を開始した。
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ヴォルフガングはクラウディアの気配が遠のいてから、ドアに施された魔術を精査した。
――なるほど、現代魔術と古代魔術のブレンドか。これはユルゲンには荷が重いな。
慎重に術式の解読を試みるが、初めて見る理論ばかりで理解が追い付かない。
だが現代魔術をキーにして辿れば、古代魔術の解読には辿り着けそうだ。
さっそく解読したとおりに≪解錠≫魔術を打ち込んでみる――≪施錠≫魔術がわずかに軋んだ。
――ふむ。これでは術式を解除できないのか。奥が深いな、古代魔術は。
ヴォルフガングはベッドに腰を下ろし、そのまま≪施錠≫魔術の解読を続けていった。