第21話 老獪な公爵
ヴォルフガングさんの瞳は、まるで私を試すような眼差しだった。
ここで押されてたら、魔道具店店主の名折れ!
――よし、受けて立つ!
私は微笑んでヴォルフガングさんに告げる。
「はい、わかりました。
宿泊込み、裏コースご案内ですね。
では前金で金貨二十一枚になります」
ヴォルフガングさんが頷いて、懐から革袋を取り出し、カウンターに置いた。
「金貨五十枚が入っている。
余計な分は、突然の来訪で迷惑をかけた詫びだと思って受け取ってほしい」
迷惑だって分かってるなら、自重してほしかったかなぁ?!
私は革袋の中身を確認し、頷いて答える。
「はい、確かに五十枚頂きました。
夕食までしばらくお待ちください。
お部屋にご案内しますね」
カウンター下の金庫に金貨をしまうと、笑顔でお父様とラーズ兄さまに告げる。
「ファルケンシュタイン公爵のお相手は任せてください!」
ラーズ兄さまが心配そうに眉をひそめ、私に告げる。
「なぁクラウディア、私もここに泊まって構わないか」
「――え?! 寝る場所がありませんよ、ラーズ兄さま!」
兄さまが店内を見回しながら答える。
「店の中で横になればいいじゃないか」
「させられませんってば、そんなこと!
ご心配なさらず、宿でお待ちください。
事業案内は明日、ファルケンシュタイン公爵がお帰りになられてからですね」
ヴォルフガングさんの目が鋭く輝いた。
「ほぅ? 君は事業を起こしてるのかい?
魔道具師の事業、私も見学して構わないかな?」
うっわ~、断りにくいことを?!
さっきもらっちゃった金貨五十枚のことがあるしなぁ。
あんな大金を受け取っておいて『いや無理です』とは言い辛い。
私は渋々、頷いて答える。
「はい、わかりました。
ではファルケンシュタイン公爵にもご案内致します」
ヴォルフガングさんが頷いて告げる。
「では部屋に案内してほしい」
私は笑顔で「こちらです」と、客室にヴォルフガングさんを案内した。
****
部屋を見回したヴォルフガングさんが微笑んで告げる。
「ふむ、何とか眠れそうだね」
あー、ヴォルフガングさんって背が高いからなぁ。
ベッドのサイズもギリギリだと思う。
私の背後からラヴィニアが顔を出して告げる。
「夕食の買い出しに行きたいのですが、どうしましょうか」
ん? 買い出し? 行けばいいんじゃないの?
何を悩んでるんだろう?
ヴォルフガングさんが楽しそうに告げる。
「私とクラウディアが二人で残ることが不安なのかい?
それなら私も買い出しに同伴しよう」
ラヴィニアが慌てて手と顔を横に振っていた。
「いいえ! 他国の公爵を買い物に引きずり回すなど、できません!」
あ~、そういうことか。
私はラヴィニアに笑顔で告げる。
「もう私は家を出たんだし、貴族の娘じゃないんだよ?
ヴォルフガングさんと二人きりでも、心配するようなことにはならないよ」
婚約も取りやめになることが決まったし、醜聞だって怖くないし!
さすがに公爵なんて人が、私に襲い掛かることもしないだろうし。
ラヴィニアが私とヴォルフガングさんの顔を見比べながらため息をついた。
「……では、一人で行って参ります」
そう言ってラヴィニアは買い物かごをもって、お店の外に向かった。
ドアベルの音が遠くで聞こえる中、ヴォルフガングさんが告げる。
「クラウディア、ちょっといいかな?
この家には高位の精霊が二体、潜んで居るね。
彼らと話をすることはできるかい?」
――ウズメとコヤネに気づいてるの?!
私は必死に平静を装い、笑顔で答える。
「なんのことですか? だいたい精霊って目に見えない高位の存在ですよ?」
ヴォルフガングさんが楽し気に微笑んだ。
「ほぅ? 精霊の知識を持っているんだね。
あれは並の魔導士でも知らない、伝承の存在だ。
それを知っているとは、君はかなり博識と見える」
――やっべ! この人詳しいぞ?!
ヴォルフガングさんの視線が、私の胸元にある紅玉魔道具で留まった。
「それに、首から下げているのは古代遺物だろう?
その説明もしてもらえると嬉しいのだが」
なんで見抜いてくるのかなぁ?!
普通、古代遺物なんてパッと見ても分からないんだけど!
私はため息をついて答える。
「……わかりました。ダイニングの方でお話しします」
私が諦めて告げると、ヴォルフガングさんは満足そうに頷いた。
****
ダイニングテーブルにお茶をだし、部屋の外に声をかける。
「ウズメ~、コヤネ~、出ておいで~」
二人が物陰からそっと顔を覗かせ、ゆっくりと私の背後に回った。
ヴォルフガングさんは楽しそうにウズメたちを観察しているみたいだ。
「ほぅ、目に見える精霊とは初耳だ。
君はなぜ、彼女たちが精霊だと知ったんだね?」
私は小さくため息をついてから、ダイニングの椅子に座って答える。
「ウズメたちが自分で『精霊だ』って言っていたので。
――ほら、ウズメ、いつもの元気はどうしたの?」
ウズメが私の肩からヴォルフガングさんを覗き、おずおずと告げる。
『できれば、その探査魔術をやめて欲しいのです。
探られるのは気分が良くないのです。
一言でいえば、“何をする気ですか、この変質者!”なのです……』
コヤネも反対側の肩から顔を覗かせて告げる。
『それに、“カーバンクル”を探るのもやめてください。
簡単にいえば、“破廉恥極まりない!”です』
私は苦笑を浮かべながらヴォルフガングさんに告げる。
「ごめんなさい、普段はこうじゃないんだけど、警戒してるみたいです」
ヴォルフガングさんは楽しそうにウズメたちを見つめて告げる。
「そうか、探られてるのは気分が悪いか。では止めておこう。
――それで、その『カーバンクル』というのが、古代遺物の名前なのかな?」
私は頷いて紅玉魔道具と黒玉魔道具をテーブルの上に置いた。
「すぐそこの古代遺跡で見つけた、古代遺物です。
中身は懐中時計で、特別な機能はなさそうですよ?」
「どれどれ――」
ヴォルフガングさんが黒玉魔道具に手を伸ばし、触ろとした瞬間にパチンと弾ける音がした。
それと同時にヴォルフガングさんの手が弾かれ、彼の顔が驚きで染まる。
私も驚いてコヤネに告げる。
「ちょっとコヤネ?! 今のは何?!」
コヤネが冷たい声で告げる。
『機密漏洩に関わると判断しました。
その男が“カーバンクル”に触れることを、私たちは許可できません』
「私には分解させてくれるじゃん!」
『クラウディアはマスターですので、特別です』
ヴォルフガングさんは何度か手を黒玉魔道具に近づけては、弾かれる様子を観察していた。
「ふむ……面白い魔術だね。見たことがないタイプだ。
これはなんという魔導術式なんだい?」
『教えられません』
コヤネが冷たく突き放すと、ヴォルフガングさんが苦笑を浮かべた。
「すっかり嫌われたね。
私は古代遺跡を研究する人間の一人だ。
古代遺物を前にすると、つい興奮してしまってね。
不躾な真似をして、すまなかった」
そう言ってヴォルフガングさんは、お茶を口に運んで小さく息をついた。
私はおずおずとヴォルフガングさんに告げる。
「本当にごめんなさい、ファルケンシュタイン公爵。
普段はもっと愛想がいい子たちなんですけど」
「なに、精霊たちが気難しいのは、伝承でも知られている。
私が彼女たちに嫌われただけのことだろう」
ヴォルフガングさんはそれからも、無愛想なウズメとコヤネを眺めては、楽しそうに笑っていた。