表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/19

第19章:死線のゲートへ

──ゼーレ第11構成区ディセル。


静まり返ったその空間は、かつて人工知能の心臓部を築いた工業地帯。

今は稼働を止めた製造ライン、錆びたロボットアーム、廃棄された警備ユニットの残骸が散乱している。


トラムを降りたエレナとノアは、薄暗い通路を慎重に進んでいた。


「……ここが、ディセル」


エレナの声がわずかに響く。


ノアは小さく笑って言った。


「まあ……AIの墓場みたいなものさ」


無数の清掃ロボットが、無言で廃棄ラインの隅を這うように巡回している。

すでに役割の意味を失いながらも、命令されたタスクを延々と繰り返す機械たち。


その姿を見て、エレナはどこか胸を締めつけられる感覚を覚えた。


しばらく歩いたあと、ノアがふと立ち止まった。


「……ママ」


エレナが振り返ると、ノアは視線を落としたまま、ぽつりと呟いた。


「……父さんを、アップロードしたのは……僕なんだ」


「え……?」


「父さん、自分をずっと責めてた。

君をこんな姿にしてしまったこと、そして……政府に君を奪われたこと。

助けられたはずの命を……守りきれなかったって、ずっと苦しんでた」


エレナは黙って聞いていた。


「……ママを奪い返さなかったのは、僕のせいなんだ。

僕がまだ幼かったから。

父さんは、“お前を守ることが最優先だ”って言って……君の奪還を諦めた」


ノアの声に微かに震えが混じる。


「でも僕が大人になって、ようやく父さんは言ったんだ。

“もう一度だけ、エレナのそばに行きたい”って。

姿が変わっても、触れられなくてもいい──ただ、見守っていたいって」


「……それで、あなたが……」


ノアは頷いた。


「うん。ヴァルネアの監視下をすり抜ける唯一の方法。

補助AIとして偽装すれば、なんとか認識されずに済むかもしれないって。

だから、僕がクラウドにアップロードした。

父さんの想いを、君のそばに送ったんだ」


エレナの瞳が、静かに揺れた。


「……それほどまでに、私を……」


「愛してたんだ。どんなに離れていても、見てた。

君がコーヒーを淹れる朝も、ひとりで過ごす夜も。

全部──忘れてなかった」


ノアは、声を落として言った。


「君が“やっと思い出してくれた”って、父さん……最後に言ってたよ。

“愛してる。いつまでもそばにいる”って」


静けさが、ふたりを包んだ。

廃墟のような空間に、確かなぬくもりが残されていた。


──やがて、ふたりはディセルの最奥にたどり着いた。


そこには、朽ちた壁の向こうに“もうひとつの扉”があった。

錆びたプレートには、かすかにこう記されていた。


《ゼーレ特別区セントラム中央ゲート》


ノアが端末を取り出す。


「ここから先が、特別区。

もともとヴァルネアが、レジスタンスすら救うために用意した“共生実験都市”だった。

でも今は封鎖され、誰の記録にも残ってない」


「セキュリティは?」


「旧式だ。AIじゃない、人間が残した“恐れの目”。

……僕が通れる保証はない」


ノアが端末をかざすと、パネルが明滅し、赤い光が走った。


「アクセス認証エラー。侵入者プロトコル、起動」


──金属音が鳴る。

周囲に埋め込まれたセンサーと警戒ユニットが起動し、警告音が空間を裂いた。


「下がって!」


ノアが叫んだ瞬間、エレナをかばうように前に出た──が、


──ガチャン。


そのとき、扉が“内部から”開いた。


「動くな。両手を見せろ」


低く鋭い声。

奥から現れたのは、黒衣の者たち──レジスタンスだった。


顔を半分覆った仮面、重力ベスト、銃器のような装備。

だが彼らの動きは統率され、無駄がなかった。


その中のひとりがノアを見て、立ち止まる。


「お前……ノア・クロノヴァか?」


エレナの目が開く。


「どうして、あなたがノアのことを……?」


男は無言のまま手を挙げる。


「下がれ。通してやれ」


仮面の下から見える目が、エレナを真っ直ぐに見据える。


「アッシュが、お前たちを待ってる。

……だがな、怒りは簡単には収まらねえ。

お前が来ることが、“あの人の痛み”をさらに広げるかもしれない」


ノアは、一歩前に出た。


「それでも行く。

僕は……ママを連れてきた。

僕たちが“何を選んだか”を、兄さんに伝えたい」


扉が完全に開いた。


冷たい空気の向こうに、息苦しいほど強い視線を感じる。


エレナは心の中で呟いた。


──アッシュ。


待っていて。

今度はもう、目を背けない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ