最初で最後に君とデート
――俺は、幽霊など信じていない。
いや、信じていなかった、という方が妥当だろうか。
幽霊なんてものは昔の人間が描いた空想に過ぎないし、だいたいなんで科学的に証明されていないものに対して、あそこまで妄想が広がるのだろうか?
なんてことも思っていた位だ。
しかし最近になって、俺はその考えは百八十度変えた。
――つまり、俺は幽霊を信じるようになったのだ。
現に今も、俺の横で座っている。
「ねぇねぇマモル?」
「なんだよ、電車の中では喋りかけんなっていつも言ってんだろ」
「いいじゃん、今は人もいないんだから」
「それはそうだけど……」
今俺の横で座っているこの幽霊は、はっきり言って全く怖くない。
俺と同じ位の年齢の女の子で、髪は長く、二重瞼の若干ジト目気質であり、鼻筋も通っていて綺麗だ。そして何より彼女は――可愛い。
俺好みという点を差し置いても、学校ではクラス一位、いや下手すれば学校一だって取れるルックスの持ち主だ。
「それでねそれでね! 私今、すっごいお腹すいてるんだよね!」
「は、はぁ……」
「だから……その……何か買って欲しいなぁ……なんて?」
「……」
「どうしたの?」
「いっつも腹減ってんなお前は……俺の昼飯も食っておいて、まだ足りねぇってのかよ」
彼女は舌を出してへへっと笑った。
――正直言って、可愛い。
だが、今日こそは心を鬼にしなければならない。
いつもは甘やかしすぎたんだ。今日は何があっても買わない。
――うん。
――――――――――――――――――――――――
「ありがとうマモル!」
「クソ! また買ってしまった……」
財布の中身をチェックすると、そこにはあったはずの五百円玉が姿を晦ましていた。
ハンバーガー一つでワンコインが消えるなんて……期間限定物とは言え、ちと高すぎやせんかねぇ……。
まぁでも、コイン一つで彼女の笑顔とありがとうを頂けたんだ。対価としては文句の付けようが無いくらいには良い。
「それにしてもお前って、本当美味しそうに食べるよな。食べてるとこ見てたら、俺まで腹減ってきたよ……」
「私の一口いる?」
「くれるのか! いつもは食い意地張って一口すら貰えないのに」
「いつもならあげてないけど、今日は特別。実はすっごい良いことあったんだよね」
「良いこと? 今日何かしたっけ?」
「秘密だよ!」
彼女は自慢気な顔をしている。そんな彼女を見ていると、俺も思わず苦笑いを隠せない。
良いことってなんだろうか。一緒にいる時は特に何も起こってないし、ハンバーガーを買っただけでそこまで喜ぶような奴でも無さそうだし……。
うーん……。
「どうしたの?急に立ち止まったりなんかして」
「なんでもないよ」
「そうなんだ……あ! あれ見て!」
「ん? ただのクリスマスツリーだけど、どうかしたのか」
「もうクリスマスだねぇ」
「そうだな」
――クリスマス。好きでも嫌いでもない、平日と何ら変わりのない日だ。
世間ではカップルがクリスマスデートとやらをしているようだが、女っ気ゼロの俺は精々家でゲーム三昧orアニメ、漫画三昧ってところだろう。
「マモル何か予定あるの?」
「あると思う?」
「うーん、ない!」
「その通りだ」
こんなにテンポの良い会話は中々ないな。うん。
「それでいいの?」
「いいのつったって、お前も見てるだろ? 俺の学校での姿を。女の子と話している所なんか滅多にないぞ」
「そうだけど……でもそれじゃあ、寂しくない? だって皆デートとか遊んだりしてるんだよ!」
「あぁ、知ってるよ。でも世の中にはな、俺みたいな人種もいるんだよ。クリスマスなんていつもの日常と変わらない。それ以上でも以下でもない」
納得させるために少しだけ口調を強くした。
意識的にやったわけじゃない。完全に無意識だ。
本心では俺も、クリスマスを満喫したいのかもしれんな……。
――少しの間彼女は喋らなかった。
口調を変えたからだろうか。いつもの彼女ならそんなこと一切気にしないのに。
今日はなんだか変だな。
「じゃあさ、私から一つ提案してもいい?」
「提案? 別にいいけど」
彼女は途端に頬を赤らめて手をもじもじとし始めた。
本当に今日の彼女のテンションは読み取れないな。
「――私と、クリスマスデートしない?」
「――え」
突然だった。
時が止まったような気がした。俺は思わず掛ける言葉を見失った。
「そんなにおかしい事だった?」
「い、いや全然そんなことは無いけど……それ本気で言ってる?」
「うん」
「それはびっくり……」
「嫌なら断ってくれてもいいよ」
「いやいや、全然嫌なんかじゃないんだけど……」
「だけど?」
やけに質問してくるな。結局彼女はどっちがいいんだよ……。
俺としてはそりゃあもう行きたい訳で、ここで断る選択なんて取りたくないんだけど……。
「その、お前ってさ、俺以外には見えないわけじゃん? つまり俺がお前とデートするっつったって、傍から見ればただのぼっちでふらふら歩き回ってるだけになるんだよ……」
「――デートって、絶対に周りに見られてなきゃダメ?」
「……ダメ、では無いな」
考えてみれば、デートはわざわざ誰かに見られる必要性なんて全くなかった。
むしろ、見られていない方がいいかもしれない。
「デート、行ってみたいです……」
「決まりだね」
彼女は俺にしか見えない。だから、何をしてもいい訳では無いけど、こんな美女を独り占めできるなんて金輪際ないだろう。
――それなら、後悔のない選択をしたい。
――――――――――――――――――――――――――
「待ち合わせが必要ないっていいことだな」
待ちに待った十二月二十五日、クリスマス当日だ。
昨夜は緊張して一睡も出来なかった。
デートプランもネットで検索したつもりなんだけど……。一つの成果も得られずに終わった。
在り来りなデートプランすら考えられない俺を、どうか嫌わないで欲しい。
「それで、今からどうする? マモルのしたいこととかある?」
したいこと……。ないな。
観たいなぁ、と思っていた映画が上映しているらしいけど彼女には合わなそうだし。
ベタなところでいけば、恋愛映画かホラー映画か。
とりあえず、ホラー映画はいやだ。
「あ! この前怖そうなホラー映画するって、高校の人達が言ってたよ!」
「もしやお前、それが観たいなんて言い出さないよな」
「マモルもしかして怖いのぉ?」
「怖いとかじゃないって! 怖いんじゃなくて、俺ビビリだから急にバーンとかぎゃあああとか言われたらびっくりしちゃうんだよ!」
「そんなのみんなそうだよ。怖くないなら観に行こ!」
「ぐぬぬ」
やべぇ、今更怖いなんて言えない!
彼女なんてもうルンルン気分だし、スキップまで始めたし……。
――行きたくねぇ!
だがもう言い逃れは出来ないな。
ここは仕方ない。乗り切るしかない!
――そんなわけで、ホラー映画を観に行ったんだが、危うく上映中に失禁するところだった。新しい扉が開きそうだった。
流石に失禁癖とか笑えねぇとして、あの映画前評判通りにちと怖すぎやしませんかねぇ? ホラーがすぎるんとちゃいます?
そして、肝心の彼女の反応はと言うと……。
「あれすごく面白くなかった!? 程よくびっくりできたし、最後は感動もできたし……でもあんまり怖くはなかったよね。マモルもそう思わない?」
「え、う、うん」
何この人。一番ホラーしてるんですけど。
上映中も他の客が怖がっていた中、一人だけ笑っていた。
この人のせいでホラー映画霞んでるわ。それでも怖かったけど。
って言うツッコミはここまでにして……
今俺達は、昼食を食べている。
フードコートで安く済ませたかったが、彼女の分の食事まで買うと、周りから見て少し違和感があると思い個室のある店にした。
いくら周りを気にしないとは言っても、明らかに不自然な行動は取りたくない。
それで、俺が選んだ店は至って普通の定食屋だ。
フードコートで食べるよりかは少しばかりお金がかかるが、まぁこれは互いに初デートなんだしこれくらいは奮発しないとな。余裕のある男とも思われたいし。
「なんかごめんねマモル。気を使わせちゃったみたいで」
「そんなことお前が考えなくていいんだよ。俺は元々この店で食う予定があったんだから」
「本当?」
「本当」
「でも必死にお店探してなかった?」
「チッチッチッ、あれはただのフリだよワトソンくん。俺はあんな風に芝居も出来る男なんだぜ。惚れ直した?」
「元々惚れてたって言ったらどうする?」
「おぉ、そうかそうか……ん?」
え、今なんて言った?しっかりと聞き取れなかったんだが……。
――元々惚れてたって言ったか?
いや、仮に言ってても聞き返したくはないな。
言ってなかった場合、どうなる事やら……。
「お待たせいたしました。こちら唐揚げ定食と、アジフライ定食となります」
見事に思考が絶たれた。
女性店員は俺の目の前に唐揚げ定食を並べた。
このジューシーな見た目……。不味いわけが無い。
アジフライ定食の方は彼女の座っている方へと並べられた。
「いっただきまーす」
彼女は早速目の前にあるアジフライを頬張る。
いやこいつほんと、美味しそうに食べるよな。
俺まで腹が減ってくるぜ……。まぁ、減ってるんだがな。
「美味しいぃ! ねぇマモル! マモルの唐揚げ一つと私のアジフライ一口で交換しない?」
「その交換、唐揚げの大きさから見て俺の方が圧倒的に損してないか?」
「そんなことないよぉ。私がそんな不公平なことするような人に見えないでしょ」
「見える」
「ねぇお願い! あ、それじゃあ二口ならどう!」
「そこまでしなくていいよ……ほら」
「ありがとうマモル!」
毎度毎度可愛い反応をする彼女。非常に目の保養になる。
そしてその度に、俺は思う。
――どうして彼女が俺の所へ来たのか。
あれは今年のお盆休みだった。彼女はなんの前触れもなく、気づけば俺の傍にいた。
最初は幻覚でも見ているのかと思っていたが、その認識も一週間もすれば徐々に薄れていった。
今では俺が唯一、女子に対して軽口を叩き合うことが出来る人物だ。
その時間、そのなんともない尊い時間が、俺は堪らなく好きだ。
「どうしたの? なんだか嬉しそうに見えるけど」
「そ、そう? なんか無意識のうちにニヤケてたのか……気持ち悪かった?」
「ううん、気持ち悪くなかったよ。なんかいい事あったのかなぁって思っただけだよ」
「いい事ならあったな」
「どんなこと?」
「秘密」
「なんで!」
「お前もこの前教えてくれなかっただろ」
「それは仕方ないんだもん! ねぇマモルお願い!」
「どんだけ聞きたいのやら……仕方ねぇ、帰りに気が向いたらな」
「約束ね」
彼女は約束を交わしたと同時に、アジフライ定食を完食した。
如何にも満足そうな顔を俺に向けている。俺まだ食い終わってねぇのに。
――とにかくさっさと食って、店を出るとするか。
――――――――――――――――――――――――――
楽しかったクリスマスデートも、もうすぐ終わりだ。
定食屋を出たあとは、適当にぶらぶらと街中を歩いて、それからイルミネーションをやっていたのでそれを一目見てから帰ってきた。
ただやはり人が多い。俺と彼女との会話はかなり制限されていた。
だから今は、なんだかとても気楽だ。
周りの目を気にしないで彼女と会話が出来る。
それに関しては俺自身、気にしすぎな所もあるが……。
「楽しかったね」
「うん、楽しかった」
今はまだ、余韻に浸っている。
彼女はどことなく寂しげだ。それに俺も言葉では言い表せない寂しさがある。
夕日は落ちているが、空はまだオレンジ色が目立つ。
どうして帰り道は、こんなに美しくて、そしてこんなに寂しいんだろうか。
「ねぇ、マモル」
「どうかしたか?」
「私の事どう思ってる?」
俺は思わず立ち止まってしまった。
どう思ってるか、か。あんまり今まで深く考えたことはなかった。
「どう思ってたかって言われると、難しいな……うーん、唯一の女友達? くらいには感じてたと思う。逆に、俺のことはどういう風に思ってた?」
「女友達、なんだ」
あ、あれ? もしや俺結構まずいこと言っちゃった?
向こうは俺のこと友達じゃなくて、パシリ程度にしか思ってなかったやつ?
これは前言撤回した方が良さそうだ……。
「私達って、友達なの?」
あぁ、ほらそうだ。
やっぱり女友達なんて、ちょっと浮かれてたな。
それじゃあ、俺達の関係ってなんなんだろうか……。
「私はもう、マモルのこと恋人だと思ってたよ」
「あぁそうだよな……恋人だよな……え、こ、恋人!?」
彼女はこくりと頷いた。
「ここここ恋人って、え? 友達じゃなくて恋人だと思ってたのか!?」
「そうだよ。変だった?」
「変じゃないけど、思ってた回答とは違いすぎてて……恋人って言ったって、俺とお前とじゃ全く釣り合いが取れてない感じがして……」
「釣り合いは取れてるよ。だって――マモルは私のことが見えてる。そんな人、あなたしかいいない。それに対等で居てくれる、唯一の人なのだから」
「――」
彼女が見えるのは、この世界で俺だけ。
もし仮にも、俺が彼女のことを見えなければ一生孤独だったのかもしれない。
そう考えると、胸が痛い。
「俺は……」
「――」
「俺は、お前が好きだ」
「それは、私の話を聞いてから出した答え?」
「違う。俺は初めて会ったあの日からお前に一目惚れしてた。ずっと隠して……いや、自分でもわかんなかったんだ。幽霊を信じてなかった俺が、幽霊を好きになるなんておかしな話だろ? でも、今はもうそんなのどうでもいい。ただ今は、お前が好きだ」
「さっきまで女友達だって言ってたのに」
「そ、それは説明したろ! 釣り合いが取れてねぇと思ってたし、実際に好きかどうか自分でもわかんなかったんだよ」
「ふーん、そうなんだ」
本当に理解しているのかこいつ……。
とにかく、人生初の告白を出来たことに祝福をあげたい。
昔、告白を渋って好きな子と離れ離れになったこともあったっけか……。
今思えば、俺はそれからずっと好きな子とか出来ていなかったな。
――嶺花ちゃん、今どこにいるんだろう。
いや、なんで今他の女の子の考えてんだよ俺。
目の前にいる子のことほったらかしにじゃねぇか。
「気持ちは凄く嬉しいよ。でもマモル、他に好きな子いるでしょ?」
「な、何を……」
「わかるよそれくらい。いつも近くで見てるからね。それに――マモルが、私を作ったんだから」
「――は?」
俺は言葉が詰まった。
理解が追いつかない。
俺が彼女を作り出した……。どういうことなんだ……。
「私は、マモルの願いを叶えるために今ここにいるんだよ」
彼女は真剣な顔をしていた。
でもどこか、悲しげな表情を浮かべているような気もする。
俺は今、彼女にどう声を掛けていいのか分からない。
慰めの言葉はなんの効力も持たない事は分かる。かと言ってこのまま無言で突っ立っている訳にもいかない。
どうすればいいんだ……。
「でも、マモルは今その願いを叶えることが出来た。私がここにいる意味は無くなったよ」
「な、何言ってんだ夜、お前。それってつまり!」
「……」
「お、おい! 君の手がどんどん……消えていってる」
俺は思わず彼女の手をぎゅっと握りしめてしまった。
まだ触れた感覚はある。でも彼女が消えていくのを止めることは出来ない。
キラキラと眩い光が俺の目に差し込んで来る。
水が流れて……。あれ、俺もしかして泣いてる?
「な、なぁ! これどうやったら止まるんだよ! 頼む消えてくれないでくれ!!」
「そんなこと言っても無理だよマモル」
「俺の願いってなんだよ! そんなの急に言われたってわかんねぇじゃんか!」
「マモルの願いは好きな人に告白だったよね。今年の元旦、確かにマモルはそう神様に願っていた」
「一年も前のことなんて覚えてねぇよ! だから消えないでくれよ――!!」
あれ――そういえばまだ、俺は彼女の名前を知らなかった。
どうして俺は知ろうとしなかったんだ! こんなにも時間があったのに!
知りたい! 知らないと! 最後に彼女の名前を!
「俺の願いはまだ……ある」
「マモルもう一つの願い?」
「あ、あぁそうさ! 最後にこれだけでも聞いておきたい……名前……名前を教えてくれないか」
絞り出した声で聞くと、彼女は目に涙を溜めて、そして俺に笑顔を向けて答えた。
「私の、名前は――」
「――!」
彼女の身に纏っていた光は徐々に消えていき、俺の周りは再び暗くなっていた。
彼女の手の感触はもうない。俺の目も彼女を映さない。
――その瞬間俺は、彼女が消えたのだとようやく理解することが出来た。
「――」
数秒、俺はその場から立ち去ることが不可能だった。
手足に力が入らない。そもそも動きたいという意思がない。
冷たい風が俺の額に当たってくると同時に、彼女との思い出が走馬灯のように脳に流れた。
楽しかった日々。充実していた日々。
俺の十数年という時間の中で、たったの半年足らずで心身ともに最も満たされていたと感じる。
そしてそんな日々の中で彼女は俺の止まっていた心に、彼女は優しく手を差し伸べてくれた。
彼女のおかげで俺は……。
俺は……。
声は聞こえなくとも、俺のことが見えなくとも、最後にこれだけは伝えたい。
「ありがとう――」
読んで頂きありがとうございました!
長編も不定期更新ではありますが、投稿しているので暇があれば是非ともそちらも読んで頂けると嬉しいです!