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【暁の女神亭】企画小説  作者: 水上雪乃
肖像
6/30

ジュリア・ロブソン

「うぅーん。

 良い品物なんだが‥‥もう少し安くならないか?」


 行商人風の男が言った。

 目前にはナイフ。

 おそらくはマジックアイテムだろう。


「無理ね」


 と、少女が答える。

 紫がかった瞳が、挑戦的に輝いていた。


「どうしても?」

「そう。

 値切りに応じるって事は、正札で買ってくれる人をバカにしてるってことでしょ」

「たしかにな、その通りだ」


 妙に感心したように、行商人が頷く。

 このような骨董品の取引に定価はない。

 ということは、売り主の目利きが基準だ。

 それを値切るということは、ふたつの点で失礼に当たる。

 まずは、売り主の鑑識眼を馬鹿にしている。

 つぎに、少女が言明したように、正価で買った人を馬鹿にしている。

 信頼の問題である。

 客も売り主も馬鹿にしているような買い手にモノを売るとすれば、それこそ、商道徳にもとる。


「よし。

 じゃあ正札で買わせてもらうぜ」

「まいど~~」


 少女が満面の笑みを浮かべた。


「気に入ったぜ。

 次もアンタから買わせてもらおう」

「そりゃどーも」

「名を聞いておきたいんだが」

「トレジャーハンターのジュリアさ」


 金貨を受け取りながら答える。

 王都アイリーンの中央公園。

 週末ごとの青空市。

 遺跡などから手に入れた戦利品を売りにくる冒険者も数多い。

 ジュリア・ロブソンもその一人だった。


「それにしても、若いのにずいぶんしっかりしてるな」

「あたしにもいろいろあるのさ」


 うそぶいて、短くした黒髪を指先で弾く。

 瞳に、懐旧の靄がただよった。




 もう何年前になるだろう。

 ジュリアは一人の少女と出会った。

 旅芸人だという。

 彼女もまたあてのない旅の途中であり、同年代でもあった。

 名はセリカ。

 鳶色の瞳が印象的な美少女だった。

 バール帝国からルーン王国に入り、ドイル王国へと抜ける三〇日あまり、

 ジュリアはセリカの旅芸人一座とともに行動した。

 初夏の日差しを受け、街道をゆっくりと幌馬車が歩む。


「そっかぁ‥‥セリカも親なしなんだねぇ」

「も?」

「ん、あたしも同じ。

 孤児院育ちなんだ」

「私は座長に拾われたの」


 そんな打ち明け話からはじまり、ふたりの親和力は急速に強くなっていった。

 女同士の気安さもあるだろう。

 半月もしないうちに、親友といっても良いような仲になっていた。

 狭いテントで一緒に眠り、ときには夜を徹して語り合う。


「私、いつか中央大陸で一番の女優になりたいの」

「セリカなら絶対になれるよっ」

「そうかなぁ」

「絶対。

 そしたら、あたしも公演観にいくからね☆」

「特等席に招待してあげる☆」


 それは、他愛もない夢物語。

 少女期にありがちな希望。

 もちろん、叶うとはかぎらない。

 だがこの世代の子供は夢を食べて生きているのだ。

 でっかいほど美味しい。


「ジュリアは?」

「あたしは‥‥んー お嫁さんとか?」

「‥‥平凡ねぇ」

「悪かったわねっ」


 旅は順調に続いた。

 その事件が起きるまで。




 座長が死亡したのだ。

 自殺や殺人ではなく、単なる事故である。

 酒を飲んだ帰りに、足を滑らせて川に落ちた。

 一年に一〇〇件はは起きているような、ありふれた事件だった。

 ありふれた、では済まされないのが、一座の者たちだ。

 葬儀をとりおこない一段落すると、重大な問題が突きつけられた。

 なんと、この小さな劇団そのものが、すでに借金の抵当に入っていたのである。

 結局、一座は解散することになった。

 団員には退職金も支払われなかった。

 しかも、そうまでしてなお多額の負債が残っていた。

 どうしようもないほどに。


「返せないなら、その娘をもらうか」


 借金取りが言った。

 つまり借金のかたにセリカを身売りしろ、というのである。

 座長の未亡人は、けっして首を縦に振らなかった。

 実の娘のように可愛がってきたからだ。

 殴られても蹴られても。

 だが‥‥。


「もう良いの」


 セリカは自分の意志で人身売買の契約書にサインする。

 そこに待ち受ける運命の過酷さを知ったうえで。

 この件に関して、ジュリアはなにもできなかった。

 彼女は、全知全能の神ではない。

 一介の旅人に過ぎないのだ。

 手の届く範囲のことしかできない。

 しかも、それだって完璧にはほど遠い。


「セリカ‥‥」

「元気でね。

 ジュリア」


 笑って手を振る友人の顔が、いつまでもジュリアの瞼に焼き付いていた。




 エピローグ


 金銭を侮ることはできない。

 世の中には、金では絶対に買えないものなどいくらでもある。

 他者の尊敬を得ること。

 才能を手に入れること。

 老人を若者に戻すこと。

 魂を救うこと。

 友情や愛情を得ること。

 他にもまだまだある。

 しかし、金銭によって、世の中の不幸をいくらか減らすこともできるのだ。

 もしあのとき、ジュリアが多額の金銭を持っていたなら、少なくとも友人を救うことができたはずだ。

 それだけではない。

 基金を作り、学校を建て、売春婦に身を堕した女性たちを社会復帰させることもできるだろう。

 だから、


「お金なんかくだらない。

 なんて考え方がくだらないの。

 きちんと効用を認めて正しく使うことが大切なのよ」


 ジュリアは金を貯めている。

 目的があるから。


「頑張って基金作らないとね」


 遺髪に語りかける。

 できることを、やっていこう。

 あのとき、ジュリアは友を救えなかった。

 だが、第二第三のセリカが出ないように、少しだけでも手を貸すことはできるはず。


「さって。

 今日も一日がんばろーっ!」


 気合いを入れて部屋を飛び出すジュリア。

 二年前に自らの命を絶った友の遺影と遺髪が見送っている。

 いつもと変わらず。

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