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【暁の女神亭】企画小説  作者: 水上雪乃
肖像
4/30

アオイ・エクレール

「おなかすいたねぇ‥‥」


 ぼけーっと空を見上げた女が、情けない声で情けないことを言った。

 穏やかな風が赤い髪をなぶってゆく。

 ほてほてと歩くヘルハウンド。

 特製の鞍の上。

 アオイ・エクレールの口から、リング状の煙がたちのぽる。


「タバコじゃおなかふくれないし‥‥」

「はい、アオイ」


 当然のことをいう主人に、同然のようにヘルハウンドが応える。


「パンを買うお金すらないもんねぇ」

「はい、アオイ」

「はぁ‥‥仕事ないかなぁ」

「はい、アオイ」

「大友はそればっかりねぇ」

「はい、アオイ」


 普通のヘルハウンドは喋らないものだが、この大友はひと味違う。

 アオイのプログラムによって、ふたつの言葉を話すことができるのだ。

 ひとつは、一七音以内の言葉には、「はい、アオイ」と応える。

 けっこう高度な技術なのだが、無駄な高度さといえないこともない。

 ヘルハウンドが喋って喜ぶものなど、そうめったにいないのだから。


「ウケると思ったんたやけどなぁ」


 つい故郷の言葉で嘆いてしまう。


「はい、アオイ」

「なんやムカつくわっ」


 八つ当たりである。

 ますます情けなかった。

 銭金に振り回されるのは哀しいが、

 世の中が貨幣によって動いているのは仕方のない事実だ。

 持っている自由が餓死する自由だけというのも、あんまりだろう。


「あーうー

 おなかすいたよー」

「はい、アオイ」

「アンタは食べないでしょ」

「はい、アオイ」

「‥‥ふざけてる?」

「はい、アオイ」

「‥‥‥‥」


 無限の後悔。

 自動返答機能なんかつけなければ良かった。

 ぼんやりとそんなことを考えるアオイ。

 秋晴れの日差しが、なぜかとっても目にしみる。




「仕事?

 ええと‥‥輸送の仕事ならありますが‥‥」

「やりますっ!」

「‥‥詳細をお話してませんが‥‥」

「やらせていただきますっ!!」


 勢い込んで迫るアオイ。

 すごい迫力だ。

 斡旋所の係員がたじたじとなっている。

 ぼーっとしていても飯の種は転がっていない。

 アクティブとポジティブをモットーとする彼女は、王都アイリーンに点在する斡旋所をまわって求職中だった。


「で、なにを運ぶんですか?」


 揉み手などしながら訊ねてみる。


「ジャガイモですね」

「はい?」

「ですから、ジャガイモです」


 係員の宣言は、いっそ厳かなほどだった。


「ジャガイモ‥‥」

「ええ。五〇〇キロばかり」

「‥‥‥‥」


 想像してみる。

 ヘルハウンドがジャガイモを満載した荷車を引いている姿を。

 恰好悪いとかいう次元の問題ではないような気がした。


「ううう‥‥堪忍な‥大友‥うちに甲斐性がないばっかりに‥‥」


 よよよ、と泣き崩れる。


「どうします?

 やめておきますか?」

「いーえ。

 もちろんやります」


 なんの予備動作もなく立ち直っている。

 感傷は感傷。

 商売は商売。

 生きるためには働かなくてはならず、働くからには恰好にこだわってなどいられない。

 若いくせに、妙にしっかりしたアオイだった。

 まあ、カンサイ王国出身だからということで、だいたいは説明がついてしまう。


「で、どこまで運べば?」

「フォアロックヒルズ市ですね。

 期限は一五日」


 妥当なラインである。

 普通に荷馬車などを用いれば、そのくらいの日程だろう。

 大友なら一〇日でいけるな、などと考えながら、


「肝心の報酬は?」

「金貨一五枚ですね」

「よっしゃ☆」

「これは前金の七枚です。

 伝票にサインを」

「ほいほい」


 さらさらと記名するアオイ。

 危険もないだろうし簡単な仕事だ。

 このときはそう考えていたのだ。




 気がついたときには、すっかり囲まれてしまっていた。

 好事魔多し、の、典型である。

 ほかほかとインディアンサマーの街道。

 大友が引く巨大な荷車。

 しかも二両連結。

 のどかなのどかな旅路だったはずなのに。

 十数騎が、いつの間にかアオイを包囲していた。


「盗賊団‥‥?」

「荷物を置いていってもらおうか。

 そうすれば命だけは助けてやる」


 リーダー格らしいヒゲ面の男が威迫する。


「‥‥荷物はジャガイモだけど?」


 あっさりと答えるアオイ。

 嘘をついても仕方ない。


「嘘だな」


 決めつける盗賊。


「嘘じゃないわよ」

「俺の目は節穴じゃねぇ。

 ヘルハウンドが護衛についてるくらいのお宝だ。

 ジャガイモなんかのわけがねぇだろ」

「‥‥思いっきり節穴じゃん。

 アンタの目」


 溜息。

 ヘルハウンドは「護衛」などしていない。

 荷車を曳航しているのだ。


「とにかくっ

 そのお宝は俺たちがいただくぜっ!!」


 馬を竿だたせて、一気に迫ってくる盗賊ども。


「付き合いきれへんわ。

 いくでっ! 大友っ!!」

「はい、アオイ」


 加速するヘルハウンド。

 じつは軍の浮遊戦車フロートチャリオットにすら匹敵する「性能」をもった大友である。

 盗賊の駄馬ごときが追いつけるものではない。


「ひゃっほーっ!

 追いつけるもんなら追いついてみぃっ!!」


 鞍の上に立ちあがって舌を出すアオイ。

 なかなかに子供っぽい仕草だった。

 ぐんぐん盗賊どもが引き離されてゆく。

 なんだか怒声だか罵声だかをあげているようだが、ほとんど聞こえない。

 秋風と太陽が微笑んでいる。




 エピローグ


 数十分後。


「街道でこんな速度を出すとは、なにを考えてるんだ」

「はあ‥‥盗賊に追われてまして‥‥」

「どこにもいないだろうが」

「振り切りましたから‥‥」


 卑屈に、へこへこと頭をさげるアオイ。

 相手は警邏中の軍人だ。

 まあ、昼間の街道を猛スピードでかっ飛んでいれば、

 こういう未来が待っているのは当然だろう。


「ふぅん?」


 思いっきり疑っている軍人。


「いやまあ‥‥ちぃっと出しすぎかなぁとは、うちも思ったんです。

 でも、こっちも荷物運んでますさかい、

 盗賊に荒らされるわけにはいかしませんで‥‥

 危険かなぁとはおもとったんですよ?

 ほんまに‥‥」


 生まれ故郷の方言を丸出しにしつつ言い訳する。


「だから言ったでしょう?

 アオイ」


 不意に大友が言った。

 十七音以上の言葉には、こう反応することになっているのだ。


「‥‥‥‥」

「キミのペットはこう証言しているが?」

「いやっ!?

 ちょっと待ちっ!?」

「危険走行の罰金は、金貨九枚な」

「せやからっ!

 そんなアホな話があるかいっ!!」

「はい、アオイ」


 アオイの悲痛な声と。

 大友の暢気な声がが街道に響き渡っていた。

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