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種まき  作者: 山葵からし
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宇宙飛行士2

 次の日、目が覚めたとき、何とも言えない気持ちが胸に残っていた。夢の中で父さんと再会できたことに嬉しさがあった反面、もう会えない現実に戻った瞬間の寂しさが押し寄せてきた。

 けれど、その寂しさを振り払うように、僕は予定していた通り科学館へ向かうことにした。ワニの宇宙飛行士もリュックに入れたままだった。何故か持って行きたくなったのだ。まるで父さんをもう一度連れて行くような気持ちだったのかもしれない。

 電車に乗り、いつもの景色が流れる。子どもの頃に何度も見たはずの風景だが、なぜか遠い昔の記憶の中に埋もれていたものが、今になって鮮明に蘇ってくる。駅に着き、科学館までの道を歩くと、いくつかの店が変わっていることに気づく。時間の経過を感じつつも、科学館の建物だけは昔のままだった。

 扉をくぐると、懐かしい匂いが鼻をつく。小さな受付に座るスタッフも、どこか穏やかで、ほとんどの人がいなくなった場所に残る静けさに包まれていた。僕はすぐにプラネタリウムの券を買い、上映が始まるのを待つことにした。周囲を見渡しても、子どもたちの姿はほとんどなく、昔とはまるで違う風景だった。

 上映が始まると、部屋の明かりがゆっくりと暗くなる。まるであの日々が戻ってきたかのようだった。座席に体を沈め、天井を見上げる。星が一つ、また一つと映し出されていく。僕は無意識のうちに、また星を数え始めていた。父さんと一緒に数えたあの星たち。

 しかし、ふと気づくと、数えるのをやめて、ただ星を眺めることにした。もう数える必要はなかった。すべての星に、僕と父さんの思い出が詰まっているように感じたからだ。

 上映が終わり、科学館を出る頃には日が落ちていた。リュックの中のワニの宇宙飛行士を取り出し、ふと微笑んでしまう。


「ありがとう、父さん。またいつか、一緒に星を見よう。」


 僕は静かにそうつぶやいて、家路につく。

 電車の揺れに身を任せながら、窓の外に流れる夜の街をぼんやりと眺めていた。帰り道は、なぜか心が軽くなっていた。久しぶりに訪れた科学館で、忘れかけていた思い出に触れたことが、心の中に小さな灯火をともしてくれたような気がする。

 家に帰り着き、鍵を開けると部屋の冷たい空気が迎えてくれた。リュックを下ろし、ワニの宇宙飛行士をそっと机の上に置く。その不恰好な姿を見つめると、不思議と懐かしさが込み上げてきた。

 シャワーを浴び、寝支度を整えた後、ベッドに横になって目を閉じる。今日はよく眠れそうだと思いながら、気がつくとまた夢の中に入っていた。

 夢の中で、再び宇宙が広がっていた。僕は宇宙服を着て、無重力の中を漂っている。まるでプラネタリウムの天井の中に自分が入り込んだかのようだった。周囲には無数の星が輝いていて、僕の視界いっぱいに広がっている。

 すると、またワニの宇宙飛行士が現れた。ゆっくりとこちらに近づいてくると、今度は何も言わずに僕の手を握った。父さんの手だと、すぐにわかった。温かくて、少し力強い。その感覚が、あまりにリアルで、僕は言葉を失っていた。


「……父さん、まだそばにいるの?」


 夢の中なのに、僕の声は宇宙空間に響いた。父さんは何も言わずに、ただ僕の手を引いて星々の間を進んでいく。静かな空間に、二人の存在だけが浮かんでいるような、不思議な安心感があった。

 どこまで行くのか分からないまま、僕たちはしばらく漂い続けた。そして、ふと父さんが立ち止まる。僕が彼の顔を見上げると、父さんは微笑んでいた。


「もう大丈夫だよ、僕はいつでもここにいるから。」


 父さんの声が、静かに、でも確かに響いた。その言葉が心の奥深くに染み込んでいく。父さんはずっとそばにいてくれて、いつでも僕を見守ってくれている。そう感じた瞬間、僕は安堵感に包まれ、何も言えなくなった。

 ゆっくりと父さんの手が離れ、次第に遠ざかっていく。そして、星たちの輝きが強まる中、父さんの姿が少しずつ見えなくなっていく。それでも、僕は悲しくなかった。父さんがずっとそばにいてくれることを、確かに感じていたからだ。

 目が覚めると、窓から朝日が差し込んでいた。体が軽く、久々に深い眠りについたようだった。机の上には、あのワニの宇宙飛行士がぽつんと座っていた。


「ありがとう、父さん……」


 僕は小さな声でつぶやき、静かに部屋を出て、また新しい一日を始める準備をした。父さんとの思い出は、これからも僕の中で生き続ける。いつでも、あの星空の下で父さんと一緒にいるような気持ちで、僕は生きていけると思えた。


 ***


 その日から、僕の毎日は少しずつ変わっていった。父さんとの思い出を胸に、何気ない日々が少しだけ輝きを増したように感じた。仕事に向かう足取りも軽くなり、疲れて家に戻っても、ワニの宇宙飛行士が静かに見守ってくれているようで、ほっとする瞬間があった。

 そんなある日、ふと母さんから連絡が入った。いつも短い会話が続く程度だったが、今回は少し違ったトーンだった。


「最近、元気そうね。なんだか声が明るくなった気がするわ。」


 僕は一瞬驚いた。自分では気づいていなかったが、心の中で変化が起きていたのだろう。父さんとの夢の中での再会や、科学館で感じた時間が、僕に何かを与えてくれていたのかもしれない。


「そうかな? まあ、色々とね。」


 言葉にするのは少し照れくさかったが、母さんは察してくれたようだった。


「それなら良かったわ。……そうそう、あなたが小さい頃に持っていたもの、いくつか見つかったのよ。」


「え、何を?」


「ワニの宇宙飛行士、見つけたの。押入れの奥にね。懐かしくて、思わず笑っちゃったわ。」


 僕は耳を疑った。ワニの宇宙飛行士は、今、僕の手元にある。リュックから突然現れた、あの人形だ。では、母さんが言っているのは一体……。


「母さん、それ、まだあるの?」


「ええ、今でも大事にしてるわよ。次に帰ってきた時に見せてあげるわね。」


 僕の心臓が早鐘を打ち始めた。あのワニの人形が実家に残っているなら、今、僕の手元にあるものは一体何なのか? リュックから現れたそれは、幻だったのか? それとも、何か別の意味を持つものなのか?

 不思議な気持ちに包まれながら、僕は電話を切った。机の上に座るワニの宇宙飛行士をじっと見つめた。形は同じはずだが、何かが違うように思える。手に取ってみると、あの日と同じ、少し歪んだ顔と突き出たヘルメット。でも、確かに僕の手の中にある。

 父さんがくれたのだろうか? それとも、あの日の夢の中で僕が持ち帰った何か? わからないことが多すぎたが、ただ一つだけ確かなことがあった。それは、僕と父さんの間に存在している絆が、形を超えて続いているということだ。

 その日から、僕はワニの宇宙飛行士を毎晩机に置き、父さんのことを考えながら眠りにつくようになった。夢の中でまた会える日を、どこかで期待しながら。そして、どんな夢が訪れようと、今はもう怖くない。父さんがいつでもそばにいてくれる、そんな確信が僕の中に深く根付いていたからだ。

宇宙飛行士は彼方へと旅立ちました。

遥か遠くへの片道切符です。


小さな町のマスコットだった彼は、町の人たちで力を合わせて一度だけ空高く飛び立ちました。

町長は知り合いに宇宙人がいたので、彼のことを話してみました。

すると宇宙人は彼を連れ去ってしまったのです。


宇宙人に手術されて彼は宇宙人の仲間になりました。

町の人たちはどこか複雑な心持ちですが、それでも帰ってきた彼を温かく受け入れます。

唯一、宇宙人に紹介した張本人である町長を除いて。


町長は彼が嫌いでした。いえ、嫌いになってしまいました。

宇宙人になった彼を見て、自分と一緒にいればここまで立派になれなかったであろう彼を見て、町長は嫉妬してしまったのです。


どうして紹介なんてしてしまったのか。

町長が知っている彼は、もう二度と戻ってこないのでした。

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