路地+1
男は被っていたフードを徐ろに外す。遮るものは何もなくなったはずなのに、尚も彼の顔は見えない。いや、見えているのに認識できない。度し難い感覚に吐き気を覚えた。
「こんなところに迷い込むなんて、ついてないね君」
そう言って僕の手を掴んで引っ張る。勢いにつられて立ち上がるが、なんだか余計に吐き気が強くなる。
喉の下の方がぐるぐるして口の左右から唾が溢れてきて狭くなる感覚。これはもう我慢できないなと理解すると、男がこちらを見ているにも関わらず盛大にぶち撒ける。
「それでいい、すべて出し切ってしまうんだ」
優しく背中を撫でられる。妙な気分だ。涙目になりながら男を見るが、先ほどまでと違ってハッキリと顔が見て取れる。より一層理解できないが、今回は吐き気もなく頭がこんがらがるだけ。
男の顔を遠慮なくマジマジと見つめていると、彼の視線は僕が吐いたものに向けられていた。そんなに見られると更に居た堪れなくなるんだけど……。そう思って僕も自分の吐瀉物に視線をやると、そこは異様なほど黒く染まっており中で何かが跳ね回っていた。
「こいつのせいで誘われたようだね」
男は跳ね回る何かをつまみあげると、躊躇いもせずに口に放り込む。そのまま丸呑みすると、何事もなかったかのように歩き出す。
声をかけるべきか迷っていると、あたりの空が明るくなっていった。立っている場所のさきほどまでの路地とは打って変わり、元いたカンカン照りの大通り。腕時計は14時手前に戻っていた。フードの男も、僕が吐き出した汚物も何も無い。
まるで最初から何もなかったかのようだった。




