橋
橋の欄干の上に人が立っているのが見えた。あの人は、あそこから飛ぶ気なんだろうか。私は一体、どうすればいいのだろうか。
あの場から引き摺り下ろしたとして、その後あの人が戻ってこないとも限らない。家に帰ってから首を括るかもしれない。
私に他人の人生を背負うほどの決意はない。あの人があんな行動を選択するほどにまで追い詰められている理由を知らないし、知ったところで解決できるとも限らない。
そうだ。止めようか迷ったのも、結局のところ自分のためだ。目の前で死なれるのが嫌なだけで、その後どうなろうが知ったこっちゃない。だから無責任に助けようなんて考えるんだ。
そうやってうだうだと考えていると、橋の反対側から誰が引き摺り下ろしたのが見えた。思わず駆け寄ると、男女の口論が聞こえてきた。
「危ないですよ、あんなとこ」
「うるさい! 邪魔しないでよ、死にたかったのに!」
どうやら飛ぼうとしてたのが女で、男がそれを止めたらしい。近寄りがたいし、なんと声をかけたものか……。
「……あの、大丈夫ですか?」
2人の視線がこちらを向く。思わず目を逸らしそうになる。
どうしてかは分からないけど、そのまま2人を、特に男性をまっすぐ見つめ返して聞いてみた。
飛び降りようとしてたのを見ていたこと。迷って、結局静観すると決めたこと。そして、あなたはこの人の人生を背負う覚悟があるのかということ。
そこまで言うと、女性が大きな声で笑い出した。
「あんたの言う通りだわ。きっとこの男は、何も考えず無責任に引き摺り下ろしたのよ。自分は人の命を救った正義の人間なんだって、そう思えてさも気持ちがいいことでしょうよ」
私は絶対に死んでやるからと、彼女は男に向かって吐き捨てる。
それを黙って聞いていた男は、未だ顔色ひとつ変わっていない。不気味なほど、まっすぐに女性のことを見つめていた。
「確かに、僕にはあなたの人生を背負えません。あなたを救ったとか、そんな傲慢なことを言う気もありません」
「だったら……!」
「でも、話を聞くことはできます」
彼は続ける。
「何があなたを追い込んだのか分からないからこそ、まずはあなたの話を聞いてみたいと思ったんです。誰かに話すことで心が軽くなるかもしれない。一緒に解決法を探せるかもしれない。逃げる手伝いができるかもしれない。あなたが本当に救われる可能性があるなら、僕はそれに賭けたいと思いました」
「……でも」
思わず口を挟む。まっすぐに彼女を見ていた彼の視線が、私に向き直る。
「でも、それって可能性、仮定の話ですよね。生と死のどちらが救いかを決めるのは彼女であってあなたじゃない。あなたが助けた結果、彼女がより長く苦しむことになるかもしれないんですよ」
「それこそ可能性の話です。救いに関しても、仰る通り決めるのはあなたでも私でもなく彼女です。ただ、その決断が冷静でない時になされた可能性があって、その決断をやり直しさせることができるなら、私はそうすべきだと思います。その結果、彼女が同じ決断を下すのであれば、それは受け止めるしかありません」
「そうだとして——」
「あのさぁ!!」
間にいた女性が声を上げる。
私たち2人を交互に見て、大きくため息を吐く。
「私のこと話してるフリして議論したいだけなら、よそでやってくんない?」
そう言って彼女は立ち上がる。呆然とする私たちを尻目に、止める間もなく飛び降りた。
結局、私たちは2人とも間違っていたのだ。
綺麗なカサブランカを見かけました




