軍人娘メイドが横暴伯爵を変える話
伯爵ノイシュの屋敷では、使用人たちが次々と辞めていく。
ノイシュの人使いの荒さは有名で、日々誰かが過労で倒れる。誰も長く続かない。
そんな屋敷に新しいメイドが入った。
軍人の娘、ユーリイだ。
ある日、ノイシュはいつものように命令を飛ばしていた。
「そこの新入り。窓を磨いておけ! 屋敷すべての窓を今日中に、曇りを残さず!」
「イエスサー!」
ユーリイは瞬時に窓磨き道具を取り出し、素早く作業に取り掛かった。
嫌な顔ひとつせず動き出す。
そして深夜近くになって、その日のうちに窓磨きを終わらせた。
ノイシュは少し驚いた。
翌日、ノイシュは別の命令を下した。
「次は庭の掃除だ。雑草一本残すな!」
「イエスサー!」
ユーリイは庭に出てホウキでごみをかき集め、花壇の雑草を抜いていく。まるで軍の訓練のようにキビキビとした動きだ。
ノイシュは思わず感心した。
「珍しいやつだ。どんな命令にも従うんだな」
次の日もノイシュは変わらず横暴な態度で命令を続けた。
「今日は別邸の大掃除だ。全部ピカピカにしろ!」
「イエスサー!」
そんな日が続き、ノイシュはユーリイに興味を持ち始めた。
ある夜、ノイシュは彼女に問いかけた。
「ユーリイ、お前はなぜそんなに頑張るんだ? 他の者たちは皆、逃げ出してしまったというのに」
ユーリイは真っ直ぐな目でノイシュに答える。
「私は軍人の父に鍛えられましたから、これらすべて訓練と存じます。私にとっては訓練ですが、他の方にとっては、そうではないのでしょう」
ここの仕事はまるで軍の訓練。明確にそう言われてしまったのだ。
使用人は主の命令に従うのが当たり前、と思っていたノイシュは耳が痛かった。
そうではない者ばかりだからみんながやめる。
「訓練か……。確かに、お前は軍人の娘だから平気なのだな。他の者たちは、これをどう感じていたんだろうな」
「サー、他の方々はこの厳しい環境を苦しく辛いと感じ、耐えられなくなったと言います。だから辞めていったのでしょう」
ノイシュは自分の横暴さがどれだけ他人を傷つけていたのか、ようやく理解した。
辞めたものたちは、ノイシュには一言もそんなこと言ってくれたことがないのだ。
主だから言わなかったのだ。
同僚のユーリイには本音を言えた。
ノイシュは深く反省し、改心することを決意した。
次の日から、ノイシュの命令は少しずつ変わっていった。
「ユーリイ、今日は休憩を取りながらでいい、ゆっくりと掃除をしてくれ」
「イエスサー……え?」
「それから、庭の手入れも大変だろう。皆で協力してやってくれ」
「イエスサー…………あの、どうなさったのですか、サー?」
ノイシュは不器用に微笑んだ。
「ああ、ユーリイ。君の言葉に教えられたんだ。他の者たちが辞めていったのは、僕が悪かったんだ」
「サー、ありがとうございます。きっと皆も喜びます」
ノイシュは使用人たちを労り、彼らの働きやすい環境を作るよう努めた。
ノイシュの変化は使用人たちにもすぐに伝わり、屋敷の雰囲気は一変した。
伯爵の使用人を辞める人は激減した。
ユーリイの「イエスサー!」は屋敷の合言葉となり、みんなの生活に笑いと活気をもたらした。
End