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【2】①

 電車の時間を聞かされているにも関わらずあのあとすぐに家を出て駅に着いた航大は、そこで二十分近く待つことになった。

 しかし、それぐらい大したことではない。

 もし時間があるからと何か別のことを始めて、ついそちらに気を取られて雪音の帰りに間に合わなかったら。


 そう思うと、いっそ家を出てしまおうという結論に達したのだ。

 ただ待つだけなら家でぼんやりしていても駅で立っていても変わらない。


 そもそも今日が義弟の遅くなる日だと認識していたら、自分の帰宅時間そのものを調整して駅で落ち合えるようにしたのに、とそちらの方が残念だったくらいだ。


 雪音の塾の予定は、迎えを忘れないようにきちんとスケジュールに入れている。

 まさか曜日が変わることがあるなどと考えもしなかった。

 新しい時間割を確認して入れ直さないと、と航大は頭の片隅にメモをする。


 大学もアルバイトも、それ以外のプライベートも、航大は暇を持て余しているとは程遠かった。

 それでも、一番は常に雪音だった。義弟以上に大切なものなどなにもない。彼のためにどうにか時間を空けるのは当然で、楽しみですらあった。


 先ほどの反応からも明白だが、義母は航大が義弟を迎えに行くのを反対したりはしないが推奨もしていない。

 雪音が遅くなる日に航大が気づかず家にいても、向こうから声掛けしてくれることはないだろう。

 だから自分で管理するしかないのだ。


「あ、航ちゃん!」

 改札を出て来た雪音が、航大の姿を見つけて嬉しそうに駆け寄って来た。


「おかえり。塾の予定変わったんだって? そういうのはちゃんと教えてくれよ」

「あ! そうか、言ってなかったっけ。ゴメン」

 航大の苦言に、彼ははっとしたように返して来る。


「……でもさぁ、毎回迎えに来てくれなくていいよ。家まで近いし、航ちゃんだって大変じゃない?」

 内容としては義母と同じ台詞だ。

 一般的にはごく普通の思考だろう。

 移動に支障を伴うわけでもない健康な男子高校生が、多少帰宅が遅くなるからといちいち駅まで迎えに出向くなど、失笑の対象であっても不思議はない。


 けれど今までにも繰り返された問答に、航大の答えは変わることはなかった。


「いや、別に。週に三回か四回だろ? どうってことないよ。それこそ近いんだし」

「そうかなあ。でも、ありがとう」

 何でもないように告げる航大に、雪音は申し訳なさそうな様子で礼を述べる。

 航大が少し低い位置にある義弟の顔に目をやると、歩く拍子に前髪が揺れて額に横一本に走る微かな痕が見えた。


 ……傷痕があまり目立たなくてよかった、と思うべきだろうか。

 雪音には前髪を下ろしたスタイルの方が似合うとは思うけれど、もししたくても上げたり分けたりはできないのだ。


 小学生のころ、プール授業で帽子を被ると完全に額を出すことになり、悪気無く傷のことを訊かれることもよくあったらしい。

 二年生の時に包帯を巻いていたのを知っている子も多いので、本当に純粋な興味だったのだろう。


 子どもは素直で、ある意味残酷だ。見たまま、感じたままを平然と口に出す。

 それは必ずしも悪いとは言えない。訊かれなければ説明することも、必要があれば否定することもできない場合もあるからだ。


 雪音が特に気にしているようでもなかったのが救いではあるものの、もしかしたら心の中は違ったのかもしれない。

 それについては、本人が言わない限り航大も両親も触れることはできなかった。


 強引に訊き出して「本当は辛い、嫌だ」と感じているとわかったとしても、完全に痕を消してやることは不可能だからだ。

 その場合、ただ悪戯に雪音を苦しめることになってしまいかねない。


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