【1】②
◇ ◇ ◇
もう九年も前になる。
「ねー、航ちゃん。あれ見せて」
夕食後子ども部屋で過ごしていた航大に、リビングでテレビアニメを観終わって部屋に入って来た雪音が強請る。
彼のお目当ては、アンモナイトの化石だ。
両親が結婚してすぐ、新しい『家族』で休日に出掛けた博物館。
普段は何か買ってと口にすることさえほとんどない航大が珍しく欲しくて、しかし結構高価だったため言い出せなかったのを義母が気づいて買ってくれたものだった。
あれから三年が経ち、航大は中学生になっていた。
今は化石そのものにはそれほど興味はなくなったものの、航大の『宝物』には変わりがない。
本棚の一番上段を空けて、そこに博物館で買った時のケースのまま大切に飾ってあった。
「……あー、うん。あとで、な」
二段ベッドの上段の自分の陣地でゲームに夢中だった航大は、雪音の問いにも画面から目を離すこともなくおざなりに答える。
「じゃあ、自分で取ってもいい?」
「んー、いいよ」
義弟の言葉に、航大は相変わらず上の空で適当に返した。
航大がそれを大事にしていることをよく知っている雪音は、見せてもらっても決して雑に扱うことはないのでその点では心配などしていなかったからだ。
直後、何かが倒れる大きな音と同時に、雪音の激しい泣き声が聞こえて、航大は驚いてそちらに目を向けた。
彼は可愛らしい見た目と、その身に纏う柔らかな雰囲気に反して滅多に泣くことはない。
そう、「兄弟」になる前に義母に聞かされたそのままに。
何かが上手く行かなくて悔しさに目を潤ませる程度はあっても、こんな泣き声は航大にとっては初めての経験だった。
見下ろした床には引っ繰り返った勉強机の椅子と、顔に深紅の血の筋をつたわせて泣いている、雪音。
──血。血が、あんな。雪ちゃん、が──。
助けなければ、と思うが身体が固まったように動かない。
そこへ、物音を聞きつけたらしい涼音が駆け込んで来た。
「どうしたの? ……雪ちゃん!」
「ママぁ、いたいー」
義母の顔を見て安心したのか、甘えが出たのか。
縋りつくように訴える雪音。
「航ちゃん、タオル持って来てくれる?」
「あ、わ、わかった!」
焦った様子の彼女の言葉に、航大はようやく手足を動かして二段ベッドの梯子を下りた。
洗面所に走り、棚のタオルの束を掴んで部屋に戻る。
タオルを受け取った義母は、丁寧に雪音の顔の血を拭いているようだった。
「どうしよう、止まらない。……航ちゃん、病院行くから一緒に来て」
「う、うん」
マンション地下の駐車場まで、母親に抱き着くように何とか歩いている雪音を二人の後ろを見守るように追う。
義母が運転する車の後部座席で、航大は義弟を抱き抱えていた。
額の傷に押し当てたタオルがじわじわと赤く染まっていく。
──血が、全然止まんない。雪ちゃん、死んじゃう、かも。
己の愚かな行動の結果に、身体の震えが止まらなかった。