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【5】②

「はっきり言って、その時点では出世コースからは外れたってことだったんだろうし。大袈裟かもしれないけど、あれで父さんの人生も変わったんじゃないかな」

「……なんか、まるで別人みたいになったんだね」

 正直な思いで告げた雪音に、義兄は少し考えて話し出す。


「まぁ、そうなるのかな。誰でも同じ立場になったら変わるとは限らないだろうけど。でも、俺がずっと見て来て、父さんはもともと仕事ばっかりやりたかったタイプじゃなかったんじゃないかと思うようになったんだ。なんかみんながそうしてるからそういうものなんだと思い込んでた、っていうかそんなこと考える余裕もないくらい忙しかったんじゃないかな」

「そっか」

 雪音の想像も及ばない、義父の姿、航大が育った家庭。


「そのあと俺も大きくなったし、また少し忙しい部署に移ったけど、もう以前とは違って家庭を顧みずって感じは全然なくなったな」

 わずかに頬を緩めた義兄に少し安心した。


「残業するときもお母さんと調整して、どっちかは必ず早く帰れるようにしてただろ?」

「……お父さんてそんなだったんだ。俺、全然知らなかった」

 驚きのあまり、それ以外何も出てこない。


「俺の知ってるお父さんは、見栄えはあんまりよくなくても美味しいごはん作ってくれて、休みの日は家族みんなで遊びに行って俺たちより楽しそうにはしゃいでて、悪い事したら叱られるけど褒めてくれる方がずっと多くて」


「それもホントの父さんだよ」

 そうだ。どちらも義父の現実なのだ。

 それでも今聞いた話の限りでは、過去と向き合って自分を見つめ直したということなのだろう。


「俺には『お父さん』って今のお父さんしかいないじゃん? 友達のお父さんとは話聞いてるだけで違い過ぎてびっくりしたけど、でも俺の自慢で大好きだった。ううん、今も大好き」

「そうか。……俺にとってはそれがお母さんだったってことになるのかな」

 航大はそう呟いて、雪音の目を見つめた。


「あのアンモナイト」

「アンモナイト……?」

 想定外の突飛な単語に、何も考えられずに鸚鵡(おうむ)返しした雪音に、彼が説明してくれる。


「そう、アンモナイト。俺の『宝物』の。忘れた?」

「あ、ううん。覚えてるよ、もちろん。いきなりすぎてびっくりしちゃっただけ。航ちゃんが大事にしてるあの化石だよね?」

 義兄が頷いて、ちらりと机の上に置かれたアンモナイトのケースに目をやり、言葉を継いだ。


「博物館で、きちんと専門家が見た上で数千円で売ってたようなものだし、現実にはありえないのはわかってる。だけどもし、あのアンモナイトが物凄い貴重なレア品だったので数十万、数百万で買い取ります! って言われても俺は絶対手放さない。金の問題じゃないんだ。あれは俺にとっては、なんていうか家族の象徴なんだよ」

「航ちゃん、お母さんに買ってもらったって──」

 幼いころから、義兄がこの化石を大切にしていたのはよく知っていた。「お母さんが買ってくれた」と嬉しそうに教えられたのも覚えている。


「ずっと一緒に居て、俺のことよく知ってる筈の父さんでさえ見逃した俺の気持ちに、まだ一緒に暮らし始めたばっかりのお母さんが気づいてくれた、その(あかし)なんだ。譲ってもいいと思えたのは雪だけだよ」


「あの、俺が怪我した時? この傷の」

 雪音が思い出しながら額に手を当てるのに、航大はほんの少し顔を歪めた。


「そう。あげようか? って言ったら、雪は『航ちゃんの大事なものだからいい』って断ったよな」

「そうだったね。でも俺、欲しくなかったわけじゃなくて、それどころかすっごく欲しかったんだよ。でもやっぱり航ちゃんの大切にしてるものだから、もらうわけにいかないなって」

 それも雪音の記憶にくっきりと残っている。

 己の怪我の詳細さえもう曖昧なのに、なぜかアンモナイトに関することは鮮やかなほど明確なのだ。


「雪は凄いな。まだ小さかったのに、ちゃんとわかってたんだ」

「えー、それくらい傍で見てたら誰だってわかるよ。お父さんとお母さんもきっと知ってるって! なんかあの本棚の一番上、小学生の俺には凄く特別なスペースに見えた」

 懐かしさを覚えながらもきっぱりと言い切った雪音に、彼は一瞬目を泳がせた。


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