【4】③
「住所教えてね」
別れの日、見送る雪音の言葉に航大は曖昧に笑って何も答えてはくれなかった。
両親も傍にいたから、はっきり言葉に出して断ることもできなかったのだろうか。
通信アプリのIDはそのままなので連絡を取ること自体はできるけれど、明らかにやり取りの頻度は下がった。
というより、航大からのメッセージはまったく来なくなったのだ。
雪音のメッセージに一応返信はしてくれるが、文面にもいかにも型通りというか他人行儀な空気が漂っていた。
ただ住所を知りたいだけなら、親に訊けばいいのはわかっている。義兄はまだ学生で、義父が保証人になっているからだ。
しかし、雪音はそうはしなかった。
それでは意味がない。航大が自分から教えてくれるのでなければ、住所だけわかっていても会いに行くことはできないのだから。
それはただ、無理矢理押し掛けるに等しい。
ふと気づくと、部屋で机に向かっていても、彼のことを考えてぼんやりしていることが増えた。
こんなことではいけない、と頭ではわかっているのに、自分ではどうしようもない。
──勉強、しないと。まだ受験生じゃないけど、今から頑張らないと俺は航ちゃんとは違うんだから、ホントに大学行けなくなっちゃう。
《航ちゃん、お願い、住所教えてください。どうしてもダメなら外でもいいから会いたい。会って話したい。俺のことキライなら、直接はっきりそう言って欲しい。でないと終われないから。》
雪音が精一杯の覚悟を決めて送ったメッセージ。
行間から滲み出る想いを読み取ってくれたのか、数時間後に航大から住所を知らせる返信が届いた。
《来るときは前日までに連絡して。予定空けるようにするから。》
添えられた言葉に、雪音はカレンダーを見ながら次の土曜日はどうかと尋ねるメッセージを送る。
《いいよ。住所だけじゃわかりにくいと思うから、駅まで迎えに行く。着く時間わかったら知らせて。》
間を置かずに返って来た義兄からのメッセージ。
塾で遅くなるときに、「駅まで迎えに行くから」と電車の時間を尋ねて来ていたのと同じ文面に、雪音は胸がいっぱいになった。
彼はきっと、芯の部分では何も変わっていない。だからこそ、今のこの状態の理由が知りたかった。
たとえそれが、破滅のドアを開ける行為だとしても。
何故こんな風になってしまったのだろう。
あのハグやキス、も、航大はついふざけて、あるいは誰かと間違えて、だったのに、雪音が真に受けて抱き返してしまったから?
面倒な奴だと思われたのか。
しかし実際にこんなことで勉強が手につかない、などと弱音を吐いている雪音は、確かに航大にとっては面倒で鬱陶しいだけの存在なのかもしれない。
しかも他人ではないので無下に突き放すこともできないため、わざわざ自分が家を出なければならなくなったのならなおさらだろう。
次の土曜日。久しぶりに航大に会える。
もしかしたら、……もしかしたらそれが最後になるかもしれない。
いや、これからも家族であることに変わりはないのだが、航大との本当に心の通った関わりはもう二度と持てない可能性もある。
だからこそ、思い残すことがないようにとことん話したい。
どんなに酷いことを言われたとしても、無視されたまま離れてしまうよりはいい、筈だ。
雪音は静かに心を決めた。